紀子の記憶
知香が保健室に入るとベッドの上に紀子は座っていた。
『のりちゃん!』
『知香……お姉ちゃん!』
今まで通り、紀子は高い声で知香を呼んだ。
『白杉さん、高野さんはまだ熱が下がったばかりだからあまり興奮させる様な事はしないでね。』
浅井先生が注意をした。
『のりちゃん、ごめんね。無理させちゃって。』
知香は紀子の髪を撫でて謝った。
『ううん、良いよ。楽しかったしキャベ太郎もよっちんも美味しかったもん。』
知香は紀子の膝の上で泣いた。
『知香お姉ちゃん、泣かないで。』
今度は紀子が知香の髪を撫でた。
『ごめんね、知香さん……。』
紀子の声が低くなって、紀子の膝に踞っていた知香が顔を上げた。
『のり……子さん……?』
紀子がいたずらっ子の様ににやっとして浅井先生にVサインを送った。
『え?……ええ~?!』
知香が驚いてきょろきょろする。
『ごめんなさいね、目が覚めたら今までの事思い出したみたいで。……あ、でもまだはっきりしてないけど。』
『良かった!ホント良かった!』
知香は紀子の記憶が戻り、素直に喜んだ。
『先生~、騙したんですか?』
振り返って浅井先生を睨む。
『私は何も言ってないよ。』
浅井先生は目を反らしたが、確かに興奮させるなとしか言っていない。
『紀子さん。ごめんなさい、私のせいで……。』
『知香さん、謝るのはこっちよ。散々意地悪して、張り合ったりして。私分かってたの。』
紀子が知香に謝り、告白を始める。
『私、一年の時からずっと知香さんと友だちになりたいって思ってたの。だから生徒会の選挙で副会長に立候補して知香さんを書記に推薦したら一緒に仕事出来るかなって思って。でも、やり方を間違えたみたいで生徒会に反発する形になっちゃったから。樋田先輩にも悪いと思ったけど、知香さんが生徒会に入ってから樋田先輩と仲良くなって嫉妬していたみたい。』
これまでの意地悪も会長への立候補も可愛さ余って憎さ100倍と言う感じで、次第にエスカレートしてしまったという事だ。
『今思うとホント恥ずかしいんだけど、入院してから知香お姉ちゃんは私を可愛がってくれて嬉しかった。』
自分が幼児退行していた事もしっかり覚えているのだ。
『私、幼児ののりちゃんを見てとても可愛らしいと思っていたし、記憶が戻っても紀子さんと友だちになれると信じてた。だから悪い事は思い出さなくて良いよ。友だちになろう。』
『ありがとう、知香さん。』
紀子は知香の手を握った。
『で、ちょっと良いかしら?』
紀子は浅井先生たちに聞こえない様に知香に耳打ちをする。
『私、これからもたまに幼児になって知香さんに甘えたいんだけど、お願いしても良いかしら?』
もともと紀子は幼児化の願望があった為に記憶障害と共に幼児になってしまったかもしれないとは説明を受けていたが、幼児化して知香に甘える快感を覚えてしまったみたいだ。
『分かった、他の人にバレない様にたまになら甘えて良いよ。』
知香も[のりちゃん]から言われて将来保育士になってみようかと思い始めたので、良い練習相手になりそうな気がした。
『じゃあ私、戻らないといけないからもう少し休んでて。』
『うん、生徒会長さん、頑張ってね。』
これで全ての蟠りは無くなり、自信を持って生徒会長として臨む事が出来そうだ。
『すみません、戻りました。』
生徒会室に入るとしおりが出迎えた。
『知香先輩!さっきと顔全然違いますね!』
しおりはさっきの落ち込んだ顔の知香は尊敬出来ないと言っていた。
『今の顔はどういう感じ?』
『はい、尊敬している先輩の顔です!』
『ごめんね。これからはずっとそう思われる様に頑張るから宜しくね。』
『はい!』
しおりは知香に元気良く答えた。
『結構単純でしょ?しおりさん。』
『はい、ひな子先輩の言った通りです。』
ひな子がしおりを焚き付ける。
『先輩、しおりちゃんに何吹き込んだんですか?』
『上手く手綱を引っ張ってあげてって言ったの。知香さん直ぐ暴走するから。』
暴走するのは母譲りだから自認している。
『分かりました、しおりちゃん、そっちの方も宜しくお願いします。』
『はい!』
しおりの笑顔は癒される。
再び、B組の教室に行き、木田先生にも報告をした。
『白杉さん、聞いたわ。高野さん記憶が戻ったんですって?』
『はい、まだはっきりしていない部分があるって言ってましたけど、紀子さんからちゃんと言われました。』
クラスメイトたちが歓声を上げた。
知香を始め、殆どの生徒が少なからず紀子の事を良く思っていなかった筈なのにみんな素直に喜んでいる。
そこに、紀子が勝子と車イスを押している美子と一緒に教室に入って来た。
『高野さん、もう大丈夫なの?』
『はい先生、みなさん。ご迷惑をお掛けしてすみませんでした。まだもう少し入院していますが、早く戻って来ます。』
みんなは紀子に拍手を送った。
『知香お姉ちゃん、また病院に来てくれるの?』
急にまた幼児の声になり、知香は一瞬焦った。
『また行くよ。待っててね、のりちゃん。』
『ありがとう、知香さん。』
冗談だと分かり、知香も周囲もホッとしていた。




