花嫁修業?
知香がクラスに復帰した翌日から学校は三連休だった。
土曜日は朝から母との約束通り、家事を手伝う事になっていた。
三角巾とエプロン姿の知香を見た由美子は
『まぁ可愛い。格好だけならいつでもお嫁に行けるわね。』
と褒める。
『おかあさん、私、お嫁さん行くの?』
逆に質問してみた。
『女の子なんだからお嫁に行くのが普通じゃない?』
知香は自分が普通では無いとは自覚している。
が、将来自分が男性を好きになるか女性を好きになるかは分からない。
今の自分には思い付かないが男性同士、女性同士の恋愛・結婚もありだというのは勉強済みだった。
『どっちにしても役に立つんだから今のうちに花嫁修業だと思って頑張りなさい。』
良い様に使われているだけかもと思った。
とはいえ、約束をしてしまった事だし、母の言う事はもっともだ。
ゴミの分別から居間や玄関の掃除と積極的に動いた。
玄関の掃除をしていると、お隣りの島田さんが顔を出した。
『おはよう。朝からお手伝い、偉いわね。』
島田さんは母より十歳くらい年上で子供はみんな就職して家を出ていた。
『おはようございます。』
『あら?白杉さんちって女の子居たかしら?』
知之の頃はあまり外に出なかったし隣近所に挨拶すらしなかった。
それでも確か男の子は居た筈だがと不思議がる島田さんだった。
共働きの白杉家では休みの日に一気に掃除をやらなければならない。
手伝ってみて初めて母の大変さが分かった。
お昼ごはんは冷蔵庫に入れてあるタッパーウェアの中身を出して温めるものが中心だったが、お米は知香が磨いで炊いた。
水が多かったのかいつもより軟らかいごはんだ。
『これはこれで良いのよ。最初から上手く出来ないんだから。』
なかなか難しい。
洗濯ものを干していると再び島田さんが顔を出した。
『頑張るわね。』
『はい。今日は寒いですね。』
由美子も出て来たので島田さんが聞いてみた。
『白杉さん、お宅のお嬢さん?』
『あら島田さん、こんにちは。実はそうなんです。』
隠し子でも居たのだろうか?とますます怪しがる島田さんだった。
ちょうどそこに、大森のぞみが妹のいずみと一緒に歩いて来た。
『チカ〜!エプロン似合うよ。おかあさんみたい!』
『チカねぇ、こんにちは!』
相変わらずいずみは元気だ。
『あら、チカねぇだって。しっかりお姉さんぶっちゃって。』
由美子がからかう。
『んもう!』
『知香さんのおかあさん、こんにちは。私一緒のクラスの大森のぞみです。こっちは妹のいずみ。』
『チカねぇ、男の子なのに美人さんで優しいからいずみ大好き!』
島田さんが目を丸くした。
『こら、いずみ!』
いずみの頭にのぞみのげんこつが落ちた。
知香も由美子も笑っているが島田さんはこの状況についていけない。
『もし良かったらお家に寄って行かない?おいしいお菓子があるわよ。』
由美子の招きにいずみは喜び、のぞみは遠慮がちに頷いた。
『さ、ともちゃん、早く残り干しちゃいなさい。』
『はーい。』
由美子に急かされ知香は残りの洗濯ものを干し始める。
それをジッと見つめる島田さん。
気付いた知香が笑顔で返す。
『世の中変わったわぁ~。』
島田さんはそう呟いて自宅に入っていった。
『いずみちゃんは何年生?』
『三年生!』
『可愛いわねぇ~。ウチももう一人くらい欲しかったんだけど。』
知香が今に戻ると既にのぞみたちはお菓子を食べていた。
『ウチの場合男の子が突然女の子になっちゃったからねぇ。』
『でも、チカ可愛いです。今日だってそのエプロン姿、スゴく似合うし。』
由美子の嘆きをのぞみが否定する。
『七五三なんか嫌がっちゃってねぇ。今考えてみたら振袖着たかったのかも。』
図星を突かれて知香が視線を逸らす。
『でもおばさん、本当は女の子が欲しかったの。』
『それで花嫁修業?』
由美子と知香の掛け合いに飲んでいたお茶を吹き出すのぞみ。
『花嫁修業?チカ、好きな人いるんだ?』
今度は知香が吹き出しそうになった。
『まさか!別に男の人が好きだから女の子になりたいわけじゃないもん!』
『そうなんだ。』
のぞみは理解出来ない様だった。
『じゃあいずみがチカねぇと結婚する!』
『あんたはお片付けしたくないだけでしょ!』
姉妹の掛け合いもなかなか楽しい。
確かに今は女の子になりたいと思っているだけである知香だったがこの先男性を好きになったり女性を好きになったりするのだろうか?と一人考えこんだ。