紀子の気持ち
木田先生や他の生徒たちと一緒に知香は病院に向かった。
病院に行くと、看護師長である美久の母・美子が木田先生の許にやって来た。
『原田さん、高野さんの容態は……。』
挨拶もせずに木田先生は美子に尋ねた。
『命には別状ありません。ただ、頭を強く打っている様で……。』
他に左足を骨折していた。
『ありがとうございます。』
そう美子にお礼を言うと、木田先生は知香たちの方に振り返る。
『とりあえず大丈夫そうだからみなさんは帰宅して下さい。』
『先生は?』
『高野さんのお母さんがもうすぐ来ると思いますし、病院の先生からも詳しく聞いてみたいのでもう少しここに居ます。』
『先生、私も残ります。』
知香が責任を感じているのは木田先生にも良く分かった。
『いいえ、白杉さんも帰りなさい。後で連絡しますから。』
先生の指示で知香は自宅に戻った。
どうしてこうなってしまったんだろう?
そこまで意地になって生徒会長になろうなんて思う必要は無かったかもしれない。
確かに最初はいけ好かないとは思っていたが、大好きなひな子先輩を見下して副会長に立候補した時にその思いが頂点に達し、紀子には絶対生徒会長にさせたくない思いだけで立候補しようなんて考えていた。
そもそも自分なんて男に生まれてきてそれを否定して女になろうなんて考える只の我が儘な人間に過ぎない。
それなのに調子に乗って生徒会長だなんて図に乗るにも程がある。
知香になって初めて落ち込み、自分を責めた。
落ち込んでいると、携帯電話が鳴るが、登録をしていない知らない番号だった。
『もしもし。』
『わたくし、高野紀子の母で勝子と申します。』
紀子の母からであった。
『この度は知香さんに大変ご迷惑をお掛けしてしまい大変申し訳ございません。』
『い、いえ。こちらこそ……。紀子さんの様子はどうなんですか?』
丁重な勝子に恐縮しながら知香は紀子の状態を聞いた。
『今は意識が戻りませんが命には別状が無いそうです。』
美子が言っていたとおりであり、ひとまず安心だ。
『知香さんにお話したい事がありますので明日病院に来て戴いても宜しいでしょうか?』
何を言われるのか不安もあったが、行かない訳にはいかない。
『分かりました。』
土曜日なので、学校は休みだ。
一般の面会が出来る時間の前に病院の喫茶ルームで勝子と待ち合わせをした。
『お忙しいところ、恐縮です。』
紀子の母・勝子は紀子に似て美人だがかなりやつれている。
『どうも……。』
『傍で見るとのりちゃんの言う通り、男の子だったなんて思えない可愛さですね。』
何を言われるか緊張していると突然可愛いと言われ、知香は戸惑う。
『紀子はいつも知香さんのお話をしてくれてたんですよ。』
勝子はそう言うが、今一つ信じる事が出来ない。
『去年、入学して学級委員になった時にA組の学級委員の知香さんを見て凄く興奮していたんです。男の子だったなんて思えないくらい可愛いし、発言もしっかりしているって。出来れば一緒に生徒会でお仕事したいなんて言っていました。』
学級委員になって初めての顔見せなんて自己紹介くらいしかしなかったのに話が膨らんでいるとは思うが、その時から紀子には目を付けられていたのか?
『それが、去年の選挙の時全然自分に構ってくれないってショックだったみたいです。』
知香はひな子を差し置いて副会長に立候補した紀子を敬遠したが、紀子は知香と一緒に生徒会で仕事をしたいが為に副会長に立候補したのだ。
『あの子は小さい頃から思い込みが強くて、誉めるとどんどん頑張るタイプでした。』
なるほどと思う。
『私もつい過度な期待をしてしまい、実力以上に頑張ろうとかなり無理をしてあまり友だちも居なかったみたいなんです。』
親だって頑張る子どもに期待するのは当然である。
『だから、学級委員になったとか、生徒会長になるとか常に私には言っていましたが、結構淋しかった様なんです。』
親の期待に応えるのが自分の生き甲斐であれば今までの行為には納得出来る。
でも、期待に応えられなかった今後はどうするのだろう?
『木田先生からも伺いましたが、知香さんにはだいぶご迷惑を掛けてしまった様で。本当に申し訳ございませんが、紀子が回復したら是非声を掛けてあげてくれませんか?』
遠回しに言っているが、友だちの居ない我が子に友だちになってくれと言う事である。
知香も昔は友だちが居なかったから理解出来る。
『分かりました。宜しくお願いします。』
知香は快諾した。
そんな最中に、看護師が勝子を探しにやって来た。
『高野さん、娘さんが目を覚ましましたよ。』
息を切らしながら看護師が勝子に伝えた。
『高野さんが!』
勝子と知香は、急いで紀子の居る病室に向かった。
しかし、紀子は事故の前とは全く違う雰囲気であった。