罪を憎んで人を憎まず
2学期が始まる前日、生徒会の打ち合わせの為に知香は登校した。
下駄箱を空けると例のラブレターが入っている。
〔これを読むのは新学期でしょうか?始業式の後飼育小屋の前で待っています。〕
(またか……。)
嫌な予感がするので、生徒会室に直接行かずに自分の教室に行ってみた。
すると、知香の机には油性のマジックで落書きが書かれ、中はたくさんのごみが入っていた。
しかも、以前はくしゃくしゃになった紙だったのが今回は生ごみが混じっていて夏場なのでもの凄い異臭を放っている。
(酷すぎる……。)
すぐさま職員室で学年主任の黒木先生に報告した。
『これは酷いな。机は予備のものと交換しよう。後、窓を全部開けて。』
異臭は締め切った教室中に溢れている。
他の職員や生徒会室からも会長の児玉や副会長のひな子がやって来て、机を片付けて扇風機で換気をして臭いを逃がす。
『今日のうちに気付いて良かった。少し臭いは残るかもしれないが明日の朝までにはなんとかなるだろう。』
『すみません。』
『白杉が謝る事は無い。ただ、これは黙って見過ごす訳にはいかないからな。明日木田先生に言っておかないと。』
『犯人探し、するんですか?』
『当然だ。白杉だけでなく他の生徒にも及ぶ可能性もあるしな。』
学校の備品を汚され、教室も消臭しなければならない程にされたのだからこれは知香一人の問題では無いのだ。
『白杉、身に覚えは無いのか?』
『分かりません。』
余計な事を言うと面倒臭くなりそうなのでそれ以上は言わなかった。
『あいつの仕業じゃないのか?』
2学期の生徒会選挙を前にして児玉は高野紀子のせいじゃないかと疑った。
『分かりませんが、決めつけてはダメですよ。』
そう、証拠は無いので決めつけられないけれど本当は知香自身紀子の仕業だと思っている。
それだけに口に出してはいけないと思う。
全体に消臭スプレーを撒いて、窓や扉を開けたままで全員教室を出た。
『何をされても負けないでね。私たちも応援するから。』
ここで怯んで立候補しませんというのは相手の思う壺だ。
『大丈夫です。』
選挙よりこんな嫌がらせには絶対に負けないと知香は心に誓った。
新学期が始まった。
まだ教室の中が臭っていたら嫌なので花びんに差す花を多めに持って早めに登校する。
いつもなら先生の机の上に一輪挿しを置くくらいだが、大きめの花びんを職員室で借りて、教室の前と後ろに花を差した。
少しでも異臭を感じない様にするためだ。
『おはよう、ともち早いね。』
優里花と萌絵が登校して来た。
『うん、2学期の初日だからね。』
たぶん下駄箱の手紙は今朝読む事を想定して出したのであろう。
今朝は入っていなかった。
体育館で始業式を行なった後、教室に戻り木田先生が話しはじめる。
『残念なお話があります。このクラスの生徒の机がいたずら書きをされたり中にごみが入れられたりしています。誰かが嫌がらせでやったのではないかと思います。』
『先生、他のクラスの生徒という事はないんですか?』
『それは分かりません。ただ、特定の生徒の机に1学期の終わりから続いているのでこのクラスの生徒である可能性は高いです。』
木田先生は生徒の質問に答えた。
『特定の生徒って誰ですか?』
別の生徒の質問に、木田先生は戸惑う。
『私です。』
知香が手を挙げて席を立つと、教室全体がざわついた。
学校では性同一性障害の知香やこのみに対して苛めや嫌がらせが無い様指導してきた。
が、知香自身そんな指導が無くても教室、いや学校全体で人気が高いので苛めなど無縁だと誰もが思っていたのでまさか知香が被害者だとはびっくりだ。
『私、小学校の時苛められっ子だったから慣れているから大丈夫です。』
[知之]の頃とは違う強さが今の知香にはある。
『白杉がこう言っているんだ。やった奴、今のうちに自首した方が良いんじゃねぇか?』
高木が犯人に自首する様訴える。
『高木くんじゃないの?1年の時白杉さん嫌っていたじゃない?』
『バカ言え!……俺は……。』
(あれ?なに赤くなってるの?)
知香は言葉に詰まった高木を不思議そうに見た。
『……とにかく、2学期は体育祭も文化祭も続いてクラスが一体化しなきゃいけないんだ。こんな卑劣なやり方でクラスの輪を乱す奴は許さない!』
『高木くん、許さないなんて言ったら誰も手を挙げないんじゃない?』
知香がヒートアップする高木を抑えた。
『じゃあ白杉はこんな事をした奴を許せるのか?』
『それは……うん、許す。これ以上やらなきゃ。』
一瞬考えて、知香は許すと言った。
これ以上騒ぎを大きくしたくないのだ。
『分かった、白杉が言うなら俺も許す。』
結局、手を挙げる者は居なかったが、罪を憎んで人を憎まずという知香の株が上がった様だ。
(面倒くさいだけなんだけどね。)
この後騒ぎは治まった。