初めての海水浴①
7月24日の朝になった。
今日は56年振りに東京で開催されるオリンピックの開会式がある。
知香たちはオリンピックで沸き上がる東京を通り越して神奈川県の三浦海岸に向かう。
朝、7時前に駅に集合した。
『おはようございます、今日から3日間宜しくお願いします。』
のぞみ・いずみの母千奈美が知香と由美子に挨拶をした。
『こちらこそ、宜しくお願いします。』
全員が集まってホームに移動した。
7時過ぎにこの駅唯一の始発の電車があるのだ。
『がらがらだね。』
始発駅なのでボックスになっている区画を子どもたち8人で占め、横の席に由美子と千奈美が座る。
『白杉さん、よく電車の時刻分かりますね。』
『毎朝、ウチの旦那が乗る電車なんです。平日はもう一本あるんですが。』
知香はあまり鉄道には興味が無いが、考えてみれば由美子の父は鉄オタだった。
地元駅からの時刻表を読み解くくらい朝めし前なのだろう。
電車は東京駅を越え、横浜に到着して私鉄に乗り換える。
朝9時を回ったところであるが海水浴に行く乗客で車内は混雑している。
『座れないねぇ。』
それどころか、平日朝のラッシュに近い混み様だ。
『みんな若いんだから平気でしょ!』
由美子が一番元気がありそうだ。
途中駅で少し空いては来たが、到着するまで全員が座れる事は無かった。
駅を降りると潮の香りがして海に来たという実感がある。
『ねぇ、まぐろ料理だって。』
まぐろ料理といってもほとんど海に来た事が無い知香たちにとってはせいぜい刺身かフライくらいしか思い付かない。
『兜焼きって言ってね、頭を丸ごとをじっくり焼いて出す店があるの。頭の部分って脂が乗ってて美味しいんだから。』
由美子は若い時に食べた事があるらしい。
一行は送迎バスでホテルに向かい、とりあえず荷物を預ける事にした。
『いらっしゃいませ。』
『今日明日予約している白杉と申します。荷物だけ先に預けたいんですが。』
『かしこまりました。本日よりふた泊、10名様ふた部屋でご予約の白杉さまですね。今井さまより承っております。お荷物ですが、宜しければロイヤルスイートのひと部屋は昨日空いていますので直ぐチェックイン出来ますので、もうおひと部屋が準備出来るまでそちらでおまとめしては如何でしょうか?』
(今なんて言ったの?)
このトップシーズンにロイヤルスイートルームなんて金持ちじゃなきゃ考えられない。
そう思っていたら麗からメールが入ってきた。
〔ごきげんよう、知香さん。そろそろホテルに着いた頃でしょうか?こちらのホテルには大浴場がございますが、知香さんやこのみさんは大浴場には入れないでしょうからロイヤルスイートのお部屋を予約致しましたわ。こちらのバスルームからは海がよく見えますので、是非ご堪能下さいませ。〕
なる程、特に二人の為にと書いてあるが、本当は障害がある麗自身が楽しみにしていたのだろう。
〔P.S こちらでご利用戴いた全ての代金はワタクシの方でお支払いいたしますわ。先日の結婚式や今までのお礼として遠慮なく遊んでくださいませ。〕
『それは困るわ!……でも、ウチでこんな部屋の代金なんて払えないし……。』
由美子も千奈美も困り果てた。
『でも、せっかくだから甘えさせて戴きましょう。』
直ぐ前向きに考えを改める由美子はこういう時に力を発揮する。
一行は最上階のロイヤルスイートルームに入った。
『なに、こんな部屋に泊まるの?!』
リビングは10人程ならゆっくり出来るスペースがあり、ベランダの向こうには海が広がっている。
ベッドルームはツインの部屋が2つあり、ひと部屋にはユニットバスが、もうひと部屋には海がよく見える独立したバスルームを備えている。
『こっちはともちとこのみちゃんだよね。するともうひと部屋は……?』
『悪いけど、私たちが寝るからね。知香たちはともかく、みんな平等という事で。萌絵ちゃんも悪いけど今回は他のみんなと同じ部屋にしてね。』
スイートのもうひと部屋には由美子と千奈美の二人が寝る事になった。
意地悪をしている訳でなく、あくまでも平等にと考えた結果である。
『良いなぁ、ともちたち。』
『私たちだってみんなと大きいお風呂や部屋の方が良いって思うけどしょうがないよ。その分、寝る時間までこっちの部屋で遊ぼう!』
この3日間は宿題も勉強も忘れて遊び倒すつもりだ。
『じゃ、私たちは今のうちに部屋でゆっくりしているからみんなで遊んで来なさい。』
逆に子どもたちが夜騒がれたら親もおちおち寝られない。
どっちみち今夜は8時からオリンピックの開会式があるから今のうちに少しスタミナを蓄えようと由美子たちは考えていた。
みんなは水着に着替え、上にTシャツを着て海へ行く準備をした。




