嫌がらせ
期末試験を終え、もうすぐ1学期が終わる。
いつもの夏休みと違うのは、今年は夏休みに東京オリンピック、2学期になるとパラリンピックが行なわれるのである。
この春から女子車イスバスケットボールチーム埼玉ブルズに加わった麗の先輩チームメイトも代表メンバーに選ばれたが、麗はまだ新人で対外試合にも出られない。
[試合に出られる様になりましたら知香さんには是非見に来て欲しいですわ。]
先日までそんなメールを交わしていたが、いよいよ麗にもチャンスが回ってきた様だ。
『パラリンピックの代表に先輩が二人選ばれましたのでワタクシも代わりに試合に出られそうになりましたの。知香さんも来て戴けるかしら?』
『はい、喜んで伺います!』
『それから……チームからパラリンピックのチケットを戴きましたの。ご一緒に観戦出来たら嬉しいのですが。』
知香はあまりスポーツに関心が無いのでオリンピックやパラリンピックはテレビで見れば充分と考えていた。
それでも世界的なイベントを生で観戦出来るのなら観てみたい。
『是非、お願いします。』
パラリンピックの行なわれる9月は生徒会も忙しくなるが、土日なら大丈夫だろう。
1学期ももうすぐ終わる頃になって、気になる出来事が幾つか起こった。
朝登校すると、下駄箱の中に手紙が入っていた。
『なにこれ?』
『ラブレターじゃない?今どき珍しいけど。』
優里花が答えるがラブレターにしか見えない。
知香が丁寧に封筒を開け、中身に目を通す。
〔白杉知香様 僕はあなたの事が好きでたまりません。良かったら放課後4時に飼育小屋の前に来ていただけませんか?お待ちしています。〕
(うゎ、まじラブレターだよ。)
『どうだった?』
『やっぱりラブレターだよ。放課後会いたいって。でもさ、名前も書いてないし、パソコンで作ったヤツだよ。なんかキモい。』
萌絵が隣で膨れている。
『……行かなくて良いよぅ……。』
知香も迷ったが、本気ならちゃんと断った方が良いし、悪戯なら許せない。
『……うん。萌絵がそう言うのは良く分かるけど中途半端じゃ余計気持ち悪くなるから一応行ってみるよ。』
『ともち一人で大丈夫?一緒に行こうか?』
『ありがたいけどとりあえず一人で行くよ。騒ぎになったら面倒だから。』
教室に入り、自分の机に教科書やノートを入れようとしたら机の中にゴミがいっぱい入っている。
『なにこれ?』
『今日はともちの[なにこれ]が多いなぁ。今度はどした?』
人が困っているのに優里花にツッこまれる。
『見てよ、これ。』
『なにこれ?』
ゴミを見た優里花も同じ言葉を発した。
『なんかの嫌がらせかな?なんかヤだな。』
こういうのは誰がやったか分からないから始末が悪い。
ホームルームが始まって直ぐに訴えようとおもったが、学級委員の高野紀子が議長なので言いづらい。
証拠は無いが紀子が一枚噛んでいる様な気がするからだ。
(後で直接先生に言ってみよう。)
今はあまり事を大きくしない方が得作だと思う。
昼休み、給食が終わると職員室に向かった。
『木田先生いらっしゃいますか?』
『どうしたの、白杉さん。教室じゃ言えない事?』
『はい、実は今朝教室に来てみたら机の中にゴミがたくさん入っていたんです。』
証人として優里花と萌絵も一緒に居る。
『それは白杉さんの机だけなの?』
『はい。』
『嫌がらせか?白杉は何かにつけ目立つからな。』
『黒木先生!』
隣で聞いていた学年主任の黒木先生がからかい気味に言って木田先生に怒られる。
木田先生もだいぶ担任として箔が付いた様だ。
『1学期ももうすぐ終わるしとりあえず様子を見よう。他になにか変わった事があったら直ぐに連絡しなさい。』
今度は真面目に黒木先生が言ったが知香はラブレターの件は言わなかった。
放課後、一度生徒会室に行き、ひな子らに断りを入れてから飼育小屋に向かった。
飼育小屋では鶏やうさぎを飼っているが、飼育委員以外の生徒は殆ど来ない。
(ここだよね。)
4時5分前に指定された場所に着き、待っていたが誰も来る気配が無い。
4時15分になり、二年A組の飼育委員である矢口尚子がやって来た。
『白杉さん、こんなところでなにしているの?』
『あ、ちょっと……。』
なんかばつが悪い。
ここで相手が来たら密会みたいだし、来なければ単に時間のムダな訳だ。
結局、4時30分まで待って来なかったので生徒会室に戻る。
(忙しいのに、騙されたか。)
次の日、登校すると、また下駄箱に手紙が入っていた。
『まただよ、気持ち悪い。』
『昨日待ってても来なかったんでしょ?もう行く事無いよ。』
その日は飼育小屋に行かなかったが翌日も手紙が入っていて、
〔昨日は5時までお待ちしていましたが、来ていただけませんでしたね。寂しいです。〕
と書かれていた。
その間、2日共机の中にはゴミが入っていて、量は最初の日より増えている。
もう翌日は1学期の終業式である。
『犯人が分からないまま夏休みってヤだね。』
『仕方ないよ。夏休みの間は嫌な事は忘れよう。』
前向きに考えるしか無いと知香は考えた。