知香の手料理
『ところで、式はいつなんですか?』
上西さんと中野さんが結婚をすると聞けば、結婚式が気になる。
『いや、僕ら歳もいってるし親戚とかもほとんど居ないから式はやらないんだよ。』
『ワタクシも是非お祝いしたいのですが、二人ともそう仰るのです。』
長年麗の世話をしてくれた二人を祝福したい気持ちは良く分かる。
『僕らは使用人の身分ですから、そのお気持ちだけで充分です。
』
頑なな二人を見て知香は考えた。
『ここで内輪だけのパーティーをやるのはどうですか?折角メイド服を作って貰ったし、私たちがお給仕します。』
『そのアイディアは素晴らしいのですが、そうしますと知香さんたちは式に参加ではなくお仕事になってしまいますわ。』
式をやるなら知香たちにも列席して欲しいと言うのが麗の考えであった。
『いえ、私たちは中学生だから結婚式の雰囲気を味わうくらいで充分です。何でしたらみんなと交代でやりますから。』
『知香さんにはお嬢さまだけでなく私たちもいつも大変お世話になっているのにそこまでさせては申し訳ありません。』
中野さんも恐縮している。
『良いんです、こういうの好きですから。萌絵と二人でしろやぎともえってユニットも組んでますし。』
『知香!調子に乗り過ぎ!』
こうなると知香を止める事は出来ない。
『まあ楽しそう。では知香さんにご協力お願いしようかしら?式の日取りはお父さまの都合がございますから後日お伝えしますわ。』
二人の結婚パーティーが決まった。
麗の自宅を後に、知香はそのまま萌絵を自宅に招いた。
萌絵の母はスーパーの勤務の為ゴールデンウィークも関係無く働いている為、一緒に夕ごはんを食べて貰うためだ。
『いらっしゃい、萌絵ちゃん。』
自宅に戻ると由美子が出迎えた。
『……こんにちは。お邪魔します……。』
由美子と萌絵はインフルエンザの時以来数回会っては居るが、人見知りの萌絵はどうしても他人行儀になってしまう。
『さっき、とりせいに行って来たのよ。』
とりせいとは、萌絵の母・友子が働いているスーパーの名前だ。
由美子と友子は病院の待合室で立ち話をして以来メールで交流しているが、お互いその娘が深い関係になっている事は知らない。
『まだいっちゃんたち帰ってないの?』
一郎とはずみはデートに出掛けたまままだ帰っていない様だ。
『二人だけで一緒に居るなんて初めてなんでしょ?そっとしておきなさい。』
由美子はそう言って知香に夕食の準備を手伝う様促した。
『悪いけど萌絵は部屋で待ってて。』
知香は料理好きな由美子に鍛えられて、かなり料理のレパートリーも増えている。
『みんな山椒とか大丈夫かな?』
そう言って作るのは鯛の木の芽焼きである。
今日は和風を意識して煮物とサラダも平行して作る。
そうこうしているうちに一郎たちが帰って来た。
『お帰りなさい。』
『お邪魔します。チカ、若奥さんみたい。』
エプロン姿で玄関に出迎えた知香をはずみが冷やかす。
『いっちゃんははずみんのエプロン姿を見たいんだから。』
知香はそう言ってエプロンを脱いではずみに渡す。
『いっちゃん、上に行こ!』
ほとんど夕食の準備は出来ているがはずみに後を任せて知香は一郎を自分の部屋に連れていく。
部屋には萌絵が一人で暇そうにしていた。
『ごめんね萌絵、はずみんたち遅いから。』
『……うん、良いよ。』
萌絵は一人で居る事に慣れている。
『萌絵ちゃん、こんにちは。』
『……こんにちは……。』
知香そっくりの従兄弟なので他の男子よりは抵抗が無いけれど一郎に萌絵ちゃんと言われて萌絵は焦っていた。
『萌絵ちゃんは相変わらずだな。昔のともみたいだ。』
『でもね、私がちょっとやり過ぎると〔知香!〕って怒るんだよ。』
『お前が暴走するからだろ?一緒に居ると何するか分からないから当然じゃね?』
暴走するのは母譲りなのかもしれない。
『もうごはんの準備出来ている筈だから行こ!』
3人が居間に向かうと、既にテーブルには知香が作った鯛の木の芽焼きやサラダが並んでいた。
『上手そうだな。』
田舎育ちの一郎が好きそうな味付けにしている。
1日ビデオ観賞をしていた父・博之もテーブルに付き、知香が博之にビールを注ぐ。
『チカ、いつもそんな感じなの?』
『お父さん普段はそんなに飲まないからたまにだよ。』
普段父にお酒を注ぐ事の無いはずみだったが、知香を見習おうと思った。
『二人は今日何処に言ったの?』
由美子が一郎とはずみに問う。
『えっと……、動物園でコアラとか見てきました。』
動物園は比較的近い場所にあるが、交通の便が良くない。
その分バスの中などでいろいろ話が出来ただろう。
『なんか二人、似合うわよね。ともちゃんは好きな子居ないの?』
一郎とはずみに当てられた由美子は知香を煽った。
『……そんな。私、恋愛とか考える前に普通の女の子にならないとダメだし……。』
チラッと萌絵の顔を見ると膨れっ面をしている。
(萌絵、ごめん。さすがに親には言えないよ。)
『あれ?チカと萌絵付き合ってるのおばさん知らないんだ?』
『ばかっ!』
はずみが口を滑らせ、博之がビールを吹き出した。
『ともちゃん、萌絵ちゃんと付き合ってるの?』
『……ま、まぁ……。』
当事者の二人は顔を真っ赤にした。
『萌絵ちゃんはともちゃんを男の子として見ているの?それとも女の子?』
『……私、男の人苦手だから……。初めて病院で女の子の知香を見てから好きになっちゃって……。』
由美子は萌絵が知香に[一目惚れ]したその場に居合わせた訳である。
『そうなの?そう考えてみれば二人一緒の時って多いわよね。萌絵ちゃん、改めて知香を宜しくね。』
こういう時の由美子は本当に物わかりが良い。
『宜しくってお前…。』
逆に博之は付いていけないのだ。
『こういう恋愛もありじゃない?どっちみちともちゃん子ども作れないんだから。』
『そういう問題か?』
由美子は物わかりが良すぎて先走りしてしまうのも毎度の事だ。
知香が萌絵の方を向くと、萌絵の顔はにこにこしていた。
(ま、いっか。)
知香は萌絵が喜ぶなら良いと思った。