このみの卒業式
車イスバスケットボールは障害の程度でクラス分けされ、プレイする選手5人のポイントを14点以下にしなければならない。
障害が軽い選手はポイントが高く重い選手は低いので、バランス良く選手を起用しないといけないのだ。
『麗さんのポイントはどうなんですか?』
『ワタクシは2.0ですわ。』
ポイントが2.0というのはわずかに前傾姿勢が取れ、腹筋の機能が残っている障害の程度である。
なにか吹っ切れたのだろうか、明るく話をする麗を見て知香も喜んだ。
麗の卒業式から10日後、今度はこのみの卒業式が行なわれる。
1年前、知香の卒業式では知香ではなく[知之]として参加したがこのみはどうなんだろう?
『だいぶ髪も伸びたし、女子として参加する許可を貰いました。』
1月に父親から無理やり髪を切られたが、ショートカットの女の子くらいには伸びてきていた。
『でも、大丈夫かなぁ?もしかしたらお父さんが来るかもしれないよ。』
両親の離婚後、毎月一度[康太]は父と会っていたのだが1月の一件以来会うのを拒んでいる状態だった。
『でも、クラスのみんなは認めてくれているし、私は知香さんみたいに強くないから男の子に戻るのがかえって怖いんです。』
そう言うこのみに不安を覚えたが、あくまで本人の意思が大切なのであり、それ以上は何も言えない知香だった。
近年、学校もセキュリティを強化していて、卒業式の様な行事で部外者が入れる事は無い。
去年、知香は[知之]として卒業式に参加していたのでこのみは学校で初めて性同一性障害の生徒として卒業式に参加したのである。
式は問題無く行なわれたが、式終了後に事件は起きた。
青葉台小学校の敷地は昔の城跡のため広い校庭になっているが、その為に卒業式が終わり生徒や保護者たちが外に出たところでこのみの父親が紛れこんで来ても、誰にも気が付かれる事は無かった。
まず、父親は別れた妻の康子に近付いてきた。
『康子……。』
その声を聞いて、康子は驚いて振り返った。
『あ、あなた……。どうして?』
『康太はどうした?』
康子はこのみになっている康太を父親に会わせる訳にはいかなかったが、父親は制止を振り切って子どもたちの輪に向かっていった。
異変に気付いた男性教師や他の卒業生の父親たちが止めに入り、騒ぎが大きくなる前に取り押さえられたが、結果的に父親にこのみの存在を知られてしまった。
『それで、どうなったの?』
『うん、女になりたいなんて言う奴は俺の子どもじゃないからもう会わないだって。』
卒業式の後、直ぐにこのみは知香に報告した。
『でもね、女になるために使うなら養育費は出さないって。』
これは厳しい問題である。
只でさえ苦しい生活を強いられているのに、養育費が入らない状況で月に一度病院に通うのは困難だ。
『新聞配達でもしようかなって思っているんだけど。』
中学生は基本的に就労は認められないが、子役タレント等特殊な仕事の他、このみの様な家庭環境で新聞配達などの仕事なら認められる場合がある。
知香は何とかこのみの役に立ちたいと考えてみた。
『そうだ!これから麗さんの家に行ってみない?』
『え。なんでですか?』
『ちょっと前に麗さんから聞いた言葉が気になってね。』
知香とこのみは急いで麗の家を訪ねた。
『まあ、知香さん。それから……このみさん。』
麗とこのみはテレビ観賞会で一度会ったきりだが知香からはその都度話を聞いている。
『以前、麗さんが私にこの家のメイドになって欲しいって言ってましたよね。』
『はい。今でもその様に思っていますわ。その気になったのですか?』
麗は期待して聞いた。
『いえ、私ではなく、ここに居るこうちゃんなんですが。』
『このみさんがですか?』
知香は麗に一部始終を話した。
『分かりました。しかし、中学生ですから普通に申請しても難癖付けられる場合もありますわ。学校やお母さまの許可があれば問題は無いでしょうけれど、ワタクシからお父さまにお願いして話をして戴きましょう。』
雇用主で有力な市会議員である麗の父から労基署に話を持っていけば話は早い。
『このみさんに似合いそうなとても可愛いメイド服をご用意致しますわ。楽しみにしていて下さいませ。』
『ありがとうございます!』
このみは喜んだ。
『良かったね、こうちゃん。』
『この際ですから知香さんにもお揃いのメイド服をご用意致しますわ。』
麗の一言に可愛いメイド服が着れる喜びと、お嬢さまにこき使われそうな予感に複雑な気分になった。
後日、春休み中に中学校からの許可を貰い、このみは麗の家で家政婦として平日は火・木の夕方4時30分から8時まで、土日は朝10時から5時までという条件で働く事になった。
このみは麗の家でメイドをしながら中学に通い、麗も車イスバスケットをやりながら高校へとそれぞれ新しいスタートとなりました。
知香も中学二年生になります。
引き続き、応援宜しくお願いします。




