こうちゃんの友だち
クラスメイトたちの寄せ書きを託された知香と金子先生が康太の家に行き、呼び鈴を鳴らすが応答は無かった。
『やっぱり……出ませんね。』
『まさか、死んでたりしてないわよね?』
金子先生は意外に臆病だ。
『毎日上田くんのおかあさんと連絡取っていますから大丈夫だとは思います。……こんな事で負ける子じゃ無いと信じてますし。』
知香自身、不安はあったがその不安を打ち消すためには信じるしか無かった。
『みんなの気持ちだよ。ちゃんと読んでね。』
知香はそう言って寄せ書きの入った封筒を新聞受けに入れ、金子先生と共に帰宅した。
夜になり電話で康太の母・康子に康太の様子を聞き、翌日先生とクラスメイト二人を連れて伺うと連絡をした。
『こんばんは。康太くん、如何ですか?』
『いつもありがとう。封筒、渡しました。』
康子が帰宅して新聞受けの封筒に気付き、康太に渡してくれたと言ってくれた。
『夜は篭ったままだけど昼は作ったごはんを温めて食べている様です。』
康太は一人で居る時に康子が作ったごはんを温めて食べているらしく、少し安心した。
知香は食べるという事は生きる上で一番重要な事だと思っている。
自分も学校は休んでも食べないという事は無かったからだ。
(後は寄せ書きよんでくれると良いな。)
知香はそう願いながら電話を切った。
翌日、知香と金子先生、康太のクラスから代表して清水豊と安田真理の計4人が康太の家に集まった。
部屋に入ると母からみんなが来ると言われていた様で、康太は布団から出て普段着に着替えていた。
康太の髪はまだ青々と短いままで正面に向かいながら俯いて表情を読む事は出来ない。
『上田くん、遅くなってごめんなさいね。白杉さんから事情を聞きました。』
金子先生は決して康太を見捨てていない事をアピールした。
(良い先生だなぁ。佐藤先生なんて家にも来なかったしみんな他人任せだったから。)
去年知香の担任だった佐藤は知香の件は一切無関心だった事を今でも根に持っている。
『俺、康太が女でも嫌いにならないし応援するからさ、学校に来いよ。』
清水が康太を励ます。
『みんな待ってるよ。康太くん、可愛いし、白杉さんみたいになれるよ。』
真理も清水に続いたが、後輩から引き合いに出されちょっと恥ずかしかった。
『でも……おとうさんが……。』
『上田くんの気持ちもよく分かるし、その優しい気持ちは大切だと思うの。でも、自分を殺してまで我慢する事は無いのよ。おとうさんの事は児童相談所にも相談して学校で何とかするから。』
果たしてどこまで対応出来るか分からないが金子先生は言い切った。
『こうちゃん、みんなを信じて上げて。』
これだけ先生や友だちが励ましてくれているのだから、後は康太自身が立ち上がるしかない。
『……学校には……行きたい。……でも、どうして良いか分からない。』
たぶん、知香とは考え方が逆なのだ。
知香は女の子になりたいとの思いをプラスに変えていけたが、康太はマイナス面を気にしている。
とは言え、クラスメイトに女の子になりたい事を知られた上で男の子のまま学校に行くのはそれも針の蓆に座る様なものだ。
『大丈夫だって。康太の事をバカにするヤツが居たら俺が許さないし、そんなヤツ二組には居ねぇよ。』
清水は良いヤツだと知香は思う。
『ねぇ、ここで女の子になってみない?服持っているんでしょ?』
真理が康太の女の子の姿をみたいと言った。
洋服は知香の実家から古着が大量に送られているので問題無い。
康太は知香の顔を見た。
『うん、みんなのまえでこのみちゃんになってあげなよ。』
知香は康太の背中を押した。
『このみちゃんって言うの?良い名前。』
金子先生が名前を褒めた。
康太が隣の部屋に行き、このみに着替えて出てきた。
『可愛い!このみちゃん良いと思う。』
このみの姿を見て真理が叫んだ。
『うん、白杉先輩より可愛い。良いよ、こう……このみ!』
清水も褒めたが白杉先輩より可愛いは余計だ。
(前言撤回!なんてヤツだ。)
『白杉さんの例もあるし、病院で性同一性障害と認定されなくても女子生徒と見なしての登校は大丈夫だと思います。私たちも頑張って上田くん……上田さんを守って行きますから学校に来てちょうだい。待ってます。』
金子先生は全面協力を約束してくれた。
『こうちゃん。これからも大変だと思うけど、大変なのは私も一緒だよ。友だちや先生を信じて一緒に頑張ろうよ。』
知香の励ましにこのみは泣いた。
後ろで康子も泣いている。
『みなさん、ありがとうございます。父親の方は私からも頑張って何とか致します。これからも宜しくお願い致します。』
『こうちゃんに受け取って欲しいものがあるんだけど。』
知香が持っていた袋を差し出した。
『これって……?』
『ランドセルカバーだよ。去年、私が知香になって学校に行く時におかあさんが作ってくれたの。こうちゃんに使って貰っても良いかって聞いたら是非使ってだって。』
ピンク色の布地で作られた手製のランドセルカバーだった。
これなら黒いランドセルでも女の子っぽく見える。
『そんな、ここまでして戴いて、申し訳ないです。』
康子が恐縮して言った。
『良いんです。うちの母も喜んでいるし。』
『先生、知香さん、清水くん、安田さん、ありがとう。月曜日から学校に行くから。』
ようやくこのみの笑顔が戻ってきた。
全てが片付いた訳では無いけれど知香たちはひと安心した。