引き篭もり
康太が父と会っている時、知香は萌絵の家で冬休みの宿題をやっていた。
『今日さ、こうちゃんおとうさんと会うんだって。』
『……それで昨日落ち込んでいたの?』
萌絵はこのみを可愛がっているので知香同様心配している。
『会いたくなきゃ行かなきゃ良いのに。』
『なんか離婚の時の条件だって言ってた。』
『それじゃあ落ち込むよ。』
萌絵とそんなやり取りをしていたら、知香の携帯電話に着信が入った。
『こうちゃん……のお家?』
携帯電話からでは無く自宅の電話だった。
『もしもし……あ、こうちゃんのおかあさん、……はい、……分かりました。これから伺います。』
ただならぬ様子みたいである。
『どうしたの?』
萌絵も心配して聞いた。
『よく分からないけど来てくれだって。萌絵も行こう。』
『うん。』
二人は急いで康太の自宅に向かった。
母子家庭の康太の自宅はアパートの2階の一室である。
『こんにちは。』
知香たちは康太の母・康子に挨拶をした。
『ごめんなさいね、急にお呼び立てしちゃって。』
『こうちゃん、どうしたんですか?』
知香は康子に何があったのか問う。
『康太が帰って来たら大泣きしていて、伸ばしていた髪の毛を無理矢理切られたみたいで。』
初めて知香と康太が会った文化祭の時、髪は短かめだったが、その後二ヶ月少しの間、伸ばしはじめていたのだ。
『知香みたいに伸ばしたいって言ってたよね。』
女の子になりたいならウィッグでは無く自分の髪を伸ばしたいと思うのは当然である。
知香自身はもともと髪は長めだったが引き篭もった時に伸ばしていたので再び学校に通う頃には女の子らしくなっていたのでウィッグは必要なく、今ではかなり長く伸びている。
康太はそういう知香に憧れているのだ。
『こうちゃんと話出来ますか?』
『はい。』
康子に案内され、康太の部屋に入った。
『こうちゃん。』
康太は頭から布団を被っている。
『知香と萌絵だよ。顔出してくれない?』
布団の中から泣き声が聞こえる。
『……嫌だ……。』
泣きながらようやく一言喋った。
『笑わないし、私たちこうちゃんの味方だよ。何でも良いから話してよ。』
『……もう……死にたい……。』
知香はまさか康太がそこまで思い詰めているとは思わなかった。
(どうしよう……。)
考えていると、萌絵が立ち上がっておもむろに布団を捲り上げると坊主頭になって泣いている康太が出てきた。
『バカ!死ぬなんて冗談でも言わないで!あなた知香みたいになりたいんでしょ?知香だって散々苛められて来たんだから、こんな事で負けちゃダメ!こんなんで死ぬなんて言ったらこれからどうするのよ!』
萌絵が大きな声で康太を叱ったが、知香の方が驚いた。
(萌絵がこんな声を出すなんて!)
康太は泣きながら話した。
『……だって、うちは知香さんの所みたいに優しいおとうさんじゃないし頑張っても絶対認めてくれないから……。』
改めて知香は環境ひとつで大きく違うものだと感じ、自分が康太を追い詰めていたのだと反省する。
『私より多少時間が掛かるかもしれないけど、大人になってからでも遅くないから。こうちゃんにその気があるなら、いつでも待ってるよ。だから絶対死ぬって言わないで。』
少し収まり掛けたが、知香の声を聞いてまた大泣きした。
『康太が死んじゃったらおかあさんどうしたら良いの?康太が女の子になりたいならおかあさん全力で応援する。頑張ってお仕事して、病院に行くお金くらい出すから。』
康子も康太を説得した。
『あの、おかあさん、おとうさんと会う条件に暴力は振るわないという約束だと聞きましたが、髪の毛を無理矢理切るのも暴力じゃないんですか?』
『そうなんですけど、あの人が康太と会えなくなると、毎月の生活費を出さなくなると思うの。いざとなったら頑張らなきゃとは思うけど、康太の進学を考えたら……。』
康子も康太の為に必死に頑張っている。
きれい事では無く、生きていく為には仕方無い事なのだ。
ただ、多少髪が伸びただけで切ってしまう父親と毎月会わなければならない状況では女の子として生活は出来ないだろう。
康太は再び布団に潜っていた。
(このままじゃ私以上の引き篭もりになるかも……。)
『こんな事に巻き込んでしまってごめんなさいね。あの人は以前康太が女の子っぽい仕草や遊びをするのを見て無理矢理男の子っぽくしようとして次第に暴力を奮う様になってしまったんです。』
康子が離婚に至った経緯を説明する。
『康太も最初は抵抗していたのですがだんだん暴力がエスカレートしてしまってい次第に父親に怒られない様努力していました。でもある日、こっそり私のスカートを穿いていたのが見つかってあの人は烈火の如く怒りまくって……。これ以上は一緒に居たら康太は殺されてしまうと思い、引き離すために離婚を決意したんです。』
母親にとっても修羅場だっただろう。
『どうしてもおとうさんと会わないといけないんですか?』
そんな酷い事をされていたのに会いたくない筈だと知香たちは思った。
『康太が父親に会う事を望んだんです。自分が女の子になりたいと思ったから私たちは離婚してしまったんだって言って。だからあの人に会う時は出来るだけ男の子らしく振舞おうとしていた様です。』
たとえ暴力を奮われていてもたった一人の自分の父親なのである。
少しでも父親の期待に応えたいという気持ちは分からなくも無い。
『でも、自分の気持ちを抑える事が出来なかったみたいで、そんな時に学校で一学年上の知香さんを知った様です。』
去年、青葉台小に在学中から女子生徒として通い、六年生の特別授業で話した事は五年生の間で話題になってもおかしくは無かった。
(やっぱり私がこうちゃんを刺激したみたい。……そうだ。)
『私、小学校でお世話になった山本先生に聞いてみようと思います。』
小学校の話で保健室の山本先生の存在を思い出したのだ。
早速知香は山本先生に電話してみた。




