康太の事情
年末年始を長野で過ごした知香たちは新幹線で埼玉に帰る為に2日の昼、長野駅に居た。
『ホームはUターンで混んでるからここで大丈夫です。』
博之が父の俊之に見送りは改札までで良いと言った。
『今年のゴールデンウィークさ、俺そっち言っても良いかな?』
一郎が知香に言った。
もちろん、目的は知香では無くはずみである。
『良いよ。ね、おとうさん、おかあさん。』
二人は頷いた。
従兄弟が泊まりに来るのに断る理由は無い。
『良かったね、はずみん。』
『な、何よ?私、関係無いよ。』
あくまで一郎ははずみでは無く知香の家に遊びに行くと言い張るはずみだが、それは口実である事は誰もが知っている。
俊之と一郎の見送りを受け、知香たちは混雑している新幹線に乗り込んだ。
『はずみちゃんはいっちゃんのどういう所が好きになったの?』
車内では由美子がはずみに質問責めをしている。
『昨日車の中で一郎さんのご両親に散々聞かれました…。』
はずみは少々疲れていた。
一方、知香と萌絵はこのみが段々元気が無くなってきているのが気掛かりだった。
『……どうかしたの……?』
『……何でも無いです……。』
このみは学校が始まれば康太に戻って通う事になるけれど、母の康子から家の中では女の子として過ごしてよいと言われているし、その為に古着をたくさん貰ったのである。
『まだ冬休みがあるから帰ってからも会えるよ。』
『……私、こうちゃんの洋服作ってあげるから……。』
『萌絵は宿題やってからね。』
萌絵も積極的にこのみに協力すると言ったが知香に釘を刺された。
『明日萌絵ん家行くからね。それほど多く無いし一気に宿題終わらせちゃおう。』
萌絵が落ち込んだ。
それにしても今までと違って元気の無いこのみが気になる。
電車を乗り継いで地元の駅には2時前に着いた。
『私、こうちゃんの家まで一緒に行くから先に帰ってて。』
『ともちゃんも疲れているんだから早めに帰りなさいよ。』
由美子に断り、知香はこのみを送っていく事にした。
『疲れた?』
『ま、まぁ……。』
知香はこのみを気遣う。
『一週間ずっと女の子だったからね。慣れない事も多いと思うし。』
『知香さんも一年前、こんな感じだったんですか?』
このみは逆に知香に質問をした。
『私は不思議と女の子の姿の方が自然だったからね。』
知香は紛れも無く本物の性同一性障害だとこのみは思った。
果たして、自分はどうなのだろう?
女の子として生活をしても後悔はしないのだろうか?
『まぁ、焦る必要は無いよ。どうしても男の子で居たくないと思ったらいつでもこっちに来れば良いから。』
話しているうちにこのみの住むアパートに着いた。
『お帰りなさい。……あら、知香ちゃん送って来てくれたの?ありがとう。』
母の康子が出迎えた。
『おばさん、明けましておめでとうございます。』
『明けましておめでとうございます。お世話になっちゃって悪かったわね。なんかいっぱいお洋服送ってくれて。』
もう宅配便が届いている様だ。
『ちょっとこうちゃん、疲れているみたいです。』
『あら、康太明日大丈夫なの?』
(明日?)
このみは何も話していないが明日何があるのだろう?
『あの、明日って……。』
言い掛けて知香はハッと気付いた。
『明日、康太の父親と会う日なんです。』
康太の母・康子と父親は離婚して康太の親権は康子の方になっているが、父親とは月に一度会う事になっている。
康太の父親は男は男らしくと言い続けた挙げ句に暴力をふるって離婚する事になったと聞いている。
今日まで一週間このみとして過ごしていた康太が明日つい仕草や表情に出ないだろうか?
『知香さん、心配しないで下さい。毎月会っているし、大丈夫ですから。』
そう言えば言う程心配になってしまう知香だった。
知香は考えながら帰宅した。
『ただいま。』
『お帰りなさい、このみちゃんどうだった?』
由美子もこのみの事を心配して聞いた。
『明日、おとうさんと会う日なんだって。』
『そう、それで落ち込んでいたのね。でもともちゃんが心配したってしょうがないでしょ?このみちゃんにはこのみちゃんの生き方があるんだし環境が違うのはどうしようも無いから。』
確かにそうだが知香は恵まれ過ぎている。
親も親戚も友だちも先生もみな協力してくれているのだ。
それは知香自身が全てにおいて前向きだからとも言えるがそんな好環境はなかなか無いだろう。
知香は自分の部屋に戻り、ベッドに仰向けに寝転んだ。
(みんな違うんだよね。難しいな。)