スキーに行こう
知香たちが部屋で寛いでいると、はずみが戻って来た。
『もうみんなお風呂入ったから早く入りなよ。外寒かったでしょ?』
一郎とはずみが外に居たのは15分くらいだったが、かなり冷えているはずだ。
それでもはずみの顔は赤くなっている。
『ありがと。』
『のぼせないようにね。』
既にのぼせている感じだった。
『知香さん、さっきおばあちゃんから古着を見せて貰ったんだけど。』
このみが知香がスキーに行っている間の話をした。
『うん、前に言われたんだ。最近はこの近く子どもが少なくなったけど、前は着れなくなったお古の服を近所の家に回してたって。だからみんな綺麗だったでしょ?』
今で言うリサイクルだが昔は当たり前の様に近所でやっていた。
『もしこれから女の子になるんなら洋服代って大変だからね。』
古着ならどのように使おうが自由だ。
『中学生になって直ぐは答え出ないんでしょ?私と会う時とか家で過ごす時だけでもこのみちゃんになってじっくり考えていけば良いよ。』
離婚して一緒に暮らしていないとはいえ父親には言いづらい環境もあるし本人が迷っている段階なので強引に勧める訳にはいかないのだ。
はずみがお風呂から上がって戻ってきた。
『で、いっちゃんとの話どうだったの?』
『もうチカったら……。アイツ口には出さないけど気持ち分かったから。』
『いっちゃんらしいな。お幸せに。』
その晩はずみはなかなか寝付けなかった。
翌日の朝、知香たちは庭の二体の雪だるまを見た。
(なるほど、そういう事か。)
『一郎さん、格好いいですね。』
このみも気付いた様だ。
『さ、早く準備して行こ!』
知香の心は既にゲレンデだった。
スキー場に着いて、ウェアと板をレンタルする。
『チカってスキー検定の2級持っているんだって。』
はずみは昨日祖父の俊之から聞いた話をこのみと萌絵に伝えた。
『四年生でジュニアの1級取ったから五年生の時に一般のに挑戦したんだよ。でも大人の1級は難しいし去年は滑っていないから今年は受けないよ。』
平然と言ってのけたが一郎でさえ去年ようやくジュニアの1級を取れたくらいだ。
『おじいちゃんの言うとおりにやれば上手くなるよ。』
萌絵とこのみにそう言い残してリフトに乗り込む知香だった。
スポーツが得意なはずみも昨日一日である程度は滑れる自信がついた様だ。
『昨日覚えた事を忘れない様に無理しないで楽しみなさい。』
『はい。』
俊之は午前中はスキー未経験の萌絵とこのみに基本動作を指導して午後からははずみに次のステップを教えるらしい。
年々降雪量は少なくなってきているが昨晩降った雪で良い感じになっている。
知香は上級コースを難なく滑っている。
『あいつは放っておくと暗くなるまで止めないからな。一郎とは訳が違う。』
お昼ごはんになって、このみが知香に聞いてみた。
『知香さんって運動苦手って聞いていたのに凄いです。スキーだけ上手いって理由あるんですか?』
『小さい頃からおじいちゃんに教えて貰ったのもあるけどここは知っている人いっちゃんくらいしか居ないからね。スキーウェアにゴーグルだと顔分からないし、下手くそでも全然気にならないから。』
もともと[知之]時代は他人の目を物凄く気にしていた。
体育の授業も他人の目が気になって実力を発揮出来ない為に成績が伸びずに休みがちになったのだ。
萌絵もこのみも俊之から基本を叩き込まれ、午後からは初心者コースで滑れる様になった。
夕方、民宿に戻ると一郎が待っていた。
一郎はようやくこの日が二学期の終業式である。
『ただいま~。』
二日続けて置いてきぼりを食らった一郎は不機嫌である。
『今日なんか学校直ぐにおわるんだから待ってくれたって良いじゃん。これで毎年差が付くんだよ。』
『いっちゃんは何時でも練習出来るのに。埼玉には雪無いんだから。』
『じいちゃん昔からともには甘いんだよ。俺だけだと金取るとか言うし。』
従兄弟げんかが始まった。
『また始まった。そもそもおじいちゃんがたまにしか来ないからってともちゃんを贔屓するからだけどね。』
もともとすぐ近くに居る一郎より[知之]の方が優遇されていたが、[知之]が知香になった事でさらに贔屓は度を増している。
祖母の佐知子に寄ると従兄弟げんかは毎年恒例の事らしい。
『学校じゃあんな姿見せなかったよね。』
[知之]の頃はけんかと言うより一方的に言われるままだったのではずみも萌絵も知らない知香の一面を見た。
『今日はぼたん鍋ですよ。』
お風呂に入って夕食の順番をする。
『豚肉ですか?』
一見豚肉に見えるが
『これは野生の猪よ。』
佐知子の言葉にこのみは驚いた。
『近くにジビエ研究会があってね。猪とか鹿とかの肉を調達出来るの。ちゃんと血抜きをしているから臭みも無いしヘルシーよ。』
外国人が宿泊する時などに用意するメニューらしい。
『明日は俺もスキー行くからみんな俺の滑りを見とけ!』
ぼたん鍋を突付きながらのけ者にされていた一郎が豪語する。
『あれ?いっちゃん去年は何級取れたの?』
『……3級だけど……。』
知香が居ない去年、2級に挑戦した様だが壁は厚かった。
『この冬は追い付くから見てろよ!』
知香は余裕の表情で鼻をふんと鳴らした。
おかげさまで100話になりました。
知香も女の子として生活を始めてからちょうど一年です。
まだまだ続きますのでどうぞ宜しくお願いします。




