初めての病院
それから毎日、昼休みになると三人がやって来てクラスの話などをしてくれた。
金曜日になった。
『今日はこれから病院なの。』
病院の予約は午後三時からでこの後パート先を早退した母が迎えに来る。
『どこにあるの?』
『Uの方だって。』
電車で行くと一時間以上掛かるが、乗換えは一度だけなので知香が一人で通う事になっても大丈夫だと言っていた。
母・由美子が迎えに来たので給食を片付けようとすると
『それは今日は先生がやっておくから。気を付けて行ってらっしゃい。』
『先生、ありがとうございます。』
由美子が丁寧に挨拶をして保健室を出る。
最寄り駅までは車で行き、そこから電車だ。
U駅まで行き、乗り継いで一駅隣で降りる。
街中にある事もありさほど病院自体は大きくない様だが綺麗な建物だった。
『予約した白杉と申します。』
由美子が受付をして待合室のソファーに腰掛けると受付の女性がバインダーを持ってきて質問に答えを書く様指示をされた。
ちょっと緊張してペンが上手く走らない。
書き終わって周りを見渡すと患者はほとんど大人だった。
そもそも、ここの病院にどんな患者が来るとは分かっていない。
心療内科、精神科、それとジェンダークリニックなどと書いてあるが、待っている他の大人たちはみんな俯いていていた。
『白杉さん、どうぞお入り下さい。』
看護師に呼ばれ、緊張しながら診察室に入る。
『こんにちは。』
『院長の山田です、どうぞ楽にして下さい。』
『宜しくお願いします。』
ひと通りの挨拶をした後院長の山田は先程書いたバインダーを見た。
『小さい頃から一人で悩んでいたんだね。でも良くおとうさんおかあさんに打ち明けられて頑張ったね。』
ここに至る迄の歩みを山田は褒めてくれた。
『おかあさん、今、性同一性障害の方は非常に多く、決して恥ずかしい事ではありません。知香さんの様に小さな頃から女性になりたい男の子、逆に男性になりたい女の子はたくさん居ます。勿論、大人になってからカウンセリングを受ける方も多いのですが、第二次性徴、所謂思春期の身体が出来上がる前に治療を始めると言うのは非常に有効なのです。』
体毛や声帯、性器が成長する前に治療を始めた方が男女の区別が付きにくく、外見もより本人の望んでいる性別に近くなる。
『ガイドラインもそれまでは未成年の患者さんには慎重に行う様に指導してまいりました。ホルモン治療は身体に負担も大きく、一度始めると元に戻す事が出来ないからです。』
もし男性に戻りたいと思っても男性としての機能が失われてしまうという事だった。
『しかし、第二次性徴が進んでしまった後からホルモン治療を始めても声は低いままですし、体毛は生えてしまいます。なので、ホルモン治療を始める前に第二次性徴を止める治療を致します。』
つまり、中学生になっても今の状態を維持していくとの事であった。
『昨年、ガイドラインが改訂されてホルモン治療はそれまでの十八歳から十五歳へと引き下げられました。ですから、知香さんが本当にこれからずっと女性として生きていくかを見極める期間として十五歳になる迄はアンチアンドロゲン、抗男性ホルモンを投与致します。』
『アンチ……』
『アンチアンドロゲンは第二次性徴を抑えるだけなので途中で止めると男性としての機能は復活します。なのでホルモン治療を始める前には定期的にカウンセリングをして知香さんの意思を確認して行きます。』
ひと通りの説明を受け、カウンセリングの為に残った知香を置いて待合室で由美子はため息を付いた。
(時間もお金も掛かるしかなり大変そう。ともちゃん大丈夫かしら?)
学校にも行き始めたし、こうして病院にも来た。
やっぱり止めようと言う事は出来ない。
カウンセリングは四十分程掛かった。
待ちくたびれた由美子の前に戻ってきた知香の顔は晴れやかだった。
『どうだった?』
『うん、平気。頑張ってみる。』
知香の表情を見て由美子は安心した。
『折角ここまで来たんだから、帰りになんか食べて行こうか?』
『え?良いの?だったら私、行きたいお店があるんだけど…』
小学生が行きたい店だなんて?引き篭もり中にネットで美味しい店探しでもしていたのだろうか?
『この近くなの?』
『ううん、Fだよ。』
行きたい店は地元だった。
知香と由美子は電車でFに戻り、駐車場に停めてあった車を走らせた。
『街道に出て右だよ。その先。』
市内で最近人気のパスタやハンバーグを提供するレストラン。
『ここって?』
由美子も良く知っているレストランであった。




