表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

前編

『春センチメンタル企画』参加作品です。


 私の家の前は国道で、と言ってもそれほど大きな通りでは無いんだけど、小学校の学区はここで分かれる。地図で見たら微妙に宮西小の方が近いけど、私が通っているのは宮前小だ。


 つまり、私が住んでるのは学区ぎりぎりというわけで、冬は家に着く前に暗くなり始めてしまう。友達のほとんどは学校の近くの団地に住んでいて、家までの道のりを一人、とぼとぼと歩くのは淋しいものだった。今は六年生だから歩くのも早くなり、お化けも信じて無いから何も思わないけど。


 家から自転車で五分の距離の、ピアノ教室に通っている。そこはテレビCMをやっている、『○○音楽教室』のような大手のところではなく普通の一軒家だ。


 だが普通の家と違うところは、玄関ドアと並んで、くもりガラスのはめ込まれた引き戸があるところだ。それがピアノ教室の方の玄関で、いつも鍵はかかっていない。だから「お邪魔します」と声をかけながら中に入り、靴を脱ぎ、上がったところにあるベンチのような長椅子に座って、自分の時間になるまで待っていて良いことになっている。


 冬の間はヒーターが焚かれているので、手袋を外し、指の体操をしながら順番を待つようにしていた。


 私の前の番は同い年の宮西小に通っている、溝口瑠璃(みぞぐちるり)という女の子の時間だ。なので彼女のピアノの音を聴きながら待つことになる。


 この、溝口さんと私が似ている、と先生に言われる。でも自分ではちっともそうは思わない。髪型は、ちょっと似てる。それは彼女だけではなくて、一般的な小学生の髪型だからだと思う。身長、……まぁ同じくらいだね。ちょっぴり私の方が高いかも。顔立ちは、うーん、どうなんだろう? 


 溝口さんは家が遠いから、お母さんが車で送り迎えをしている。そのお母さんとウチのお母さんが似てる気がする。


 そうだよ、似てるのは私たちじゃないよ。お母さんたちが似てるんだよ!



 ポロン、ポロンと音がする。……どうやら同じ曲を習っているみたい。


 この曲、最初と最後はゆったりとしてて、途中で早いところがあって、私は指がついていかない。


 上手ーーいっ。私が弾けないところをスムーズに弾いてる!


 聴こえてきた音に感心した。いっぱい練習したのかな。私も練習してるけど、弟がすぐテレビの音を大きくするから、そっちに気持ちがいっちゃうんだよね。で、そのうちにお風呂の時間になって、宿題をして、寝る時間になっちゃって……。あまり遅い時間に楽器を弾いていると『茉莉、ご近所迷惑になる時間よ』と、お母さんから言われてしまうのだ……。


 あっ、でもスローの部分、指を引っかけたみたい。音が途切れる。……しばらくボソボソと会話が聞こえ、またピアノの音がする。今度は異様にゆっくりと、音を確かめるように。


 また音が途切れて、ボソボソ声。それからピアノの音が聴こえてきた。それはだんだんと早まり、正しいリズムになったとたん、また音が乱れた。


 ボソボソ声がして、そのまま時間になったのか、ドアが開いた。


桂木(かつらぎ)さん、いらっしゃい。ちょっと待っててね」


 私を見た先生が挨拶をしてくれる。その後ろから、溝口さんが顔を覗かせる。


 一瞬、目が合った。


 と思ったら変な顔をされ、そっぽを向かれた。…………感じ悪ーーいっ! 何なの!?


「先生、さようなら」


「はい。溝口さん、さようなら。さ、桂木さん、中へ入って」


 私は言われるままに教室へ入り、先生は後から入るとドアをぱたんと閉めた。溝口さんは、さっき私が座っていた長椅子に座り、お母さんの迎えを待つのだろう……。




 全部がそうかは知らないけど、習い事というものは、春か秋に発表会をするところが多い。ここのピアノ教室は春休み中に開かれる。


 大手の教室だと、市民ホールを借りきってやるみたいだけど、私たちはいつも公民館の講堂で発表会をしている。とはいえ各家庭のご家族やお祖父さんお祖母さんも来て、パイプ椅子の観客席は結構埋まって賑わう。学校の先生が来てくれるときもあって、ちょっと照れ臭い。


 二月の終わりの、ある日の練習日のことだった。


「今練習している曲を発表曲にしようと思うのよ」


 先生がおっしゃった。今練習している曲、それは溝口さんと一緒のあの曲のことだよね?


「えっと、早いところが、苦手で……」


 私は戸惑い、しどろもどろに返事をした。


「そうね! なら克服して、立派な発表会にしましょう!!」


 先生は嬉々として言ったのだった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ