第3話 小金井朔也③
「本当に久しぶりよね~。何年ぶりかしら」
俺が一向に話さないことを不審に思ったのか、御堂は再度声をかけてきた。
昔の彼女とは似ても似つかないいやらしい笑みを浮かべながら。
どうしてそんな笑顔になってしまったのか。
そしてなぜその笑顔を俺に向けているのかは分からなかったが、
記憶の中の彼女とまったく違う彼女に少しだけ嫌な感情が生まれてしまった。
「あ、ああ。そうだな!もう10年ぶりくらいになるのか」
「ふふ、そんなにもなるのね。小金井君は今は何をしているの?」
正直なところ、今の彼女とは話をする気があまりなかった。
思い出の中の彼女が今の彼女が言葉を発するたびに穢されてしまいそうで。
だけど、彼女は俺との会話を続けたいと思っているのか、
そんな些細な質問を投げつけてきた。
「俺は、まあ、そうだな。普通に会社員をしているよ。
何の変哲もない生活を日々送っているところだな。」
「ふ~ん、そうなのね!でも小金井君って高校の時は確か、
医者になりたいって言ってたじゃない?あの夢はどうしたの??」
医者・・・。
それは確かに俺の高校時代の夢だった。
大学の進路希望にも医者って書いていたぐらいに俺は憧れていた。
今、考えてみれば、馬鹿げた夢だったとは思う。
だけど、俺は医者になりたいと願っていた。
でも現実はそんなにもうまくいくものでもない。
元々、高校時代の先生からは医者になる夢は
諦めておいた方がいいと言われていた。
だけど、人に言われて簡単に諦めることのできる夢や憧れではなかったから、
第3志望までを医大で固めた。あの時の自分は無謀にも受かると思っていた。
しかし、現実はどうだった。
全部の大学から不合格通知を出され、残った選択肢は地方の3流大学だけ。
その時からかもしれない。夢や憧れを捨てて生きていこうと決意したのは。
嫌なことを思い出してしまった。
だけど、それと共に俺の中には一つある疑問が生まれた。
どうして、彼女が俺の夢を覚えているんだ?
高校時代、俺と彼女の間に特別なつながりはなかった。
ただ俺が一方的に彼女のことを意識し、
見ていることだけしかできなかった。
そんなただのクラスメイトが言った夢のことを
いちいち覚えていられるだろうか。
俺なんて、ここにいる同級生の夢はおろか、
顔すら完全には思い出していないというのに。
もしかして俺の夢のことを裏では嘲り笑っていたのだろうか。
だからこうして覚えていたのか。
ついつい、今の彼女の風貌と態度を見ると悪い方向に考えてしまう。
このままでは良くないな。とさすがに自分でも思ってしまった。
「ああ、あの夢な。あれならとっくの昔に諦めたよ
。無謀な夢だったからさ」
気を取り直して、言葉を発した。
だけど、自分の言葉だけど傷ついてしまう自分がいた。
どうせ、今の彼女の事だ。
俺の今の言葉に肯定の言葉を述べるのだろう。
そしたら、俺はその時発生するであろう気まずさに乗じて、
この場から立ち去ることが出来る。
既にこの場から立ち去る筋書きはできていた。後は彼女の言葉を待つだけ。
しかし、彼女から返ってきた言葉は想定外のものだった。
「無謀?そんなことないと思うよ。あの時の小金井君は必死に
医者になるために勉強を必死に頑張っていたじゃない。
私、あの時の小金井君のこと、すごくキラキラしていて輝いていて、
応援していたのよ。だからそんな悲しいこと、言わないで。」
その言葉を聞いた瞬間、俺はどうしてか泣きそうな気分に陥った。
しかし、その理由はすぐに分かった。
そうか。俺は誰かにこうして諦めてしまった夢を肯定されたかったのか。
なんだか救われた感じがした。
それと同時に、先ほどまでは嫌悪感しか感じなかった
今の彼女が昔の彼女に戻ったような錯覚を覚えた。
今はもう、さっきみたいに一刻も早く、この場を離れたいとは思わなかった。
むしろ、もっと彼女と話したいという衝動に突き動かされてしまった。
見た目や他の人への態度は変わってしまったのかもしれないが、
俺の中で既に失われていた恋心が再燃した瞬間だった。