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読み切り作品

遠き日の約束

作者: ふぉるて

「あらあら、ボク、迷子?」


 深い森の中、ここがどこなのか分からずに泣きじゃくる、一人の(わらべ)

 その童に話し掛けたのは、黒に近い紫色で統一されたローブととんがり帽子を身に付けた、見目麗しい女性であった。


「……お姉ちゃん、誰……?」


 道に迷い、帰る道も分からなくなった童にとってみれば、それが誰かなど、どうでも良い事だった。

 "人に会えた"。ただその事が嬉しくて、童の涙はいつの間にか止まっていた。


「私? 私はね──」




◇ ◇ ◇




(また、あの夢か……)


 窓から差し込む光に起こされ、青年は重い目蓋を擦った。


「マティ様、お召し物をお持ちしました」


 従者から、王都の仕立屋に頼んで取り寄せたという礼服を受け取り、それに袖を通しながら、ふとあの日のことを思い出す。


 昔──今から十五年ほど前、父親がこの地の領主を任され、それまで任されていた領地を離れることとなった。

 それは、"不毛の地の生産力を向上させよ"という、王がマティ・トンプソンの父──ジェシー・トンプソンの手腕に信頼を置いたからこその勅命であった。


 当時五歳であったマティは、この領地への旅路の途中に立ち寄った森で休憩した際に迷子になり、その森に住んでいるという女性に出会ったのだ。

 その女性は、当時五歳のマティが思わず見とれてしまうほどに美しかった。

 そして、マティはその時、その女性と何かの約束をしたような気がしてならないのだ。

 確信では無く"気がしてならない"と言うのは、時折見る"彼女の夢"の最後の部分。


『じゃあ、────────』


 いつも、肝心な部分がもやが掛かったようになり、その内容を一向に思い出すことが出来ない。

 その悶々とした日々を送りつつも、気が付けばマティの歳は二十歳目前になっていた。

 二十歳。貴族としては、結婚適齢期を逃してしまったと捉えられるお年頃。

 そして、そんなマティの事を案じてか、マティの家に王都の社交パーティに来ないかというお呼びが掛かったのだ。

 幸い、マティの顔立ちは好青年と言った風であるため、恐らく女性から誰も声を掛けられない、と言うことにはならないだろう。


「どう? 似合ってるかな?」


「ええ、大変お似合いですよ、マティ様」


 この家に長く仕えているメイド長の老婆に太鼓判を押され、マティは決意を新たにする。


 自分はもう二十歳になる。

 子供の頃の夢と現実では話が違う、と──。




◇ ◇ ◇




(つ……、疲れた……!!)


 社交パーティが終わった後、自分に割り当てられた部屋に戻ったマティが真っ先に抱いた感想が、それであった。

 礼服のままベッドに倒れ込み、笑顔で引きつった顔を揉みほぐす。

 社交パーティという経験が初めてのことばかりで、上手く笑えていた自信が無い。


(その上、相手をちゃんと見極めろなど……、父上も無茶な事を言う……)


 マティの父・ジェシーの手によって、かつて痩せていた土地は徐々に回復し、民の暮らしも安定へと向かいつつある。

 マティは、父の指示が「税収の"おこぼれ"にすがろうとする輩を近付けるな」と言う意味であることを重々承知していた。


 だが、マティが真に悩んでいるのはそこではない。

 何故か、どんなに美しい女性でも、マティの恋心を揺さぶられるような相手が見付からないのだ。


(父上から惚れた相手でも構わんと言われはしたが……、何故だ……?)


 ──そう、悩んでいたその時だった。


「どうやら、お悩みのようですね」


「……ッ!?」


 突然どこからともなく聞こえたその声に不意を突かれた為に、マティは反応が遅れてしまう。

 しかし、部屋の中のどこを見渡しても、それらしき影は見当たらない。


「どこ見てるんですか、こっちですよ、こっち」


 後方から声がして、その方向へと振り返る。

 すると、閉まっていたはずの窓はいつの間にか開けられており、そこには黒髪に金色の瞳を持つ中性的な顔立ちの少年が座っていた。


「だ……っ、誰だ!?」


「誰だとは……これまたご挨拶ですね。

折角15年ぶりに会ったというのに、そっけないじゃないですか、マティ(・・・)トンプソン(・・・・・)殿?」


 自分の名前を言ったその男に、マティはより一層の警戒を強める。


「名と目的を言え……。事によっては憲兵を呼ぶぞ」


 部屋に置かれている剣にじりじりと近付きながら、マティは険しい顔で警戒を強める。

 すると、男は深々とお辞儀をしながらこう答えた。


「ロズワルの森の魔女……その使い魔、ケットと申します」


「な、に……!?」


 ロズワルの森──現在のトンプソン家の領地と王都の領地を隔てているその場所には、魔女が住んでいるという言い伝えがあった。

 そして、今から十五年前、幼い頃のマティが不思議な出会いをし、いつの間にか親の膝元で目を覚ましたのも、ロズワルの森であった。


「あの時は、こっちの姿でしたね」


 困惑するマティを前に、ケットと名乗ったその男はそう言うと、みるみる形を変えて黒猫に変化してしまった。


「……!!」


 その猫に、マティの記憶が鮮明に蘇る。

 ロズワルの森で出会った女性──その肩に乗っていた、喋る黒猫の事を。


「お前は……あの時の……」


「……思い出して頂けましたか」


 そう言うと、ケットは再び人間の姿に変化する。

 そして、こう続ける。


「あなたは、どの女性にも心を揺さぶられなかった……。違いますか?」


 その言葉に、マティは絶句した。

 どうやら図星らしい。そう判断したケットが話したのは、ロズワルの森の魔女に迫っている"死"の事実であった。


 ロズワルの森に住まう魔女──ティーラは、ハッキリ言って天才だった。

 古来からあらゆる薬品の開発に着手しては、それを成功させてきた。

 その上、魔女の中でも一、二を争う美人であるとなれば、一部の魔女から妬みを買うことは必然であった。


 そして、今から十五年前──マティと魔女が出会う少し前に開かれた魔女集会で、ティーラは知らず知らずの内に呪いを掛けられてしまったのだ。

 "次の魔女集会までに人間の従僕を作らなければ、死が訪れる"という呪いを──。


 そして、その事実を知ってしまったケットもまた、"主にその真実を伝えてはならない"という呪いを掛けられてしまっていた。

 故に、森で迷っていたマティを見付けたあの日、ケットはそれとなくティーラに"人間の従僕を取ってみては"と提案したのだ。

 しかし、ティーラはそれに対してさほど乗り気では無く、寿命の短い人間を従僕に取る理由も無かった為、マティ一人だけを試しに見てみたっきり、人間に興味を示すような事はしなかったのだ。


 そしてその時、ティーラの体内に溢れる魔力を直にあてられてしまったマティは、自分でも気付かぬ内にティーラに"魅了"されてしまっていたのだ。

 故に、五歳のマティはティーラに対し、純粋な心で求婚を申し出たのだ。


 しかし、人間に特に興味があるわけでも無く、ましてや幼児に何の魅力も感じなかったティーラは、幼い頃のマティに対してこう言ったのだ。


『じゃあ、こうしましょう。

あなたがもっと大きくなって大人になったら、この森の奥まで会いにいらっしゃい。いい男になっていたら、その話は考えてあげる』


──と。


「……何故、今それを僕に伝えに来た?」


「……15年もの間、あなたが干渉を受けたティーラ様の魔力は、あなたの中に残り続けています。

成人した普通の人間であれば、魔女の放つ魔力にやられ、穢れた下心が増幅した挙げ句、最期には精神が破綻してしまいます。

しかし……、幼い人間は無垢であるが故に純粋で、精神が破綻することはありません。

ましてや、今までティーラ様の魔力の影響が残り続けていた分、あなたには魔女の魔力に対する耐性が出来ているのです。

……マティ様、心に決めたお方がいらっしゃらないのであれば、ティーラ様の従僕として……、そしてゆくゆくは夫として、ティーラ様を(めと)っては頂けませんでしょうか。

勿論、あなた様の領地の為にお力添え頂くよう、私からも懇願するつもりです」


 ケットはそう言って、マティの前に跪いた。

 それに対するマティの答えは、既に決まっていた。


「……その"次の魔女集会"は、いつ開かれる?」




◇ ◇ ◇




「お急ぎ下さい、あと少しです!」


 ケットの先導に従って城を抜け出したマティは、日の沈んだ森の中を必死に走っていた。

 今頃、王城ではマティの不在に気付き、騒ぎになっている事だろう。

 しかし、申し訳ないと思いつつも、マティは心のどこかで安心していた。

 やはり、自分の身にあの日起こったことは、夢では無かったのだと。

 ロズワルの森の魔女・ティーラが住まう場所へと、自然と足が速くなる。

 あの時、森で迷っていた自分を馬車まで魔法で送り届けてくれた恩を返すため。そして、ティーラに掛けられた呪いの発動を防ぐため、マティは必死に走り続けた。


 ──そして、最早森のどことも分からないほどの奥地に来たところで、突然視界が開けた。


「あ、ケット! あなたどこに……」


 森の奥地の開けた場所に、ひっそりと佇んでいる小屋の前。

 そこには、十五年前と何一つとして変わらぬ容姿を保った魔女・ティーラが、唖然とした顔で使い魔の帰りを待ち続けていた──。








 トンプソンの一族が先祖代々治めているこの豊かな土地には、不思議な話がある。

 トンプソン領となってから、初代領主の次に領主となったマティ・トンプソンの代だけ、トンプソン家は妻を娶っていないのだ。

 しかし、トンプソンの家は養子を取るようなこともしていないと公の記録に残っており、その点の整合性を怪しむ歴史学者も多い。

 更に、トンプソン家にはもう一つ、不思議なことがある。

 二代目の領主であるマティ・トンプソンの代から、領主自ら単独で、ロズワルの森の奥地へと向かうことがあると言う。

 人々は口々に噂した。"トンプソン郷の一族は、魔女に魅入られているのだ"と。

 しかし、人々はその話題を口にしても、ただのお伽話だと心のどこかで信じているが故に、すぐに別の話題へと切り替えるのだ。


 人々は、今年も作物がたわわに実ったことに感謝を捧げる。

 その裏に、夫であるマティ・トンプソンを誰よりも愛し、彼との約束を交わした魔女の努力が今も続いているとは知らずに──。

Twitterの「魔女集会で会いましょう」という素敵タグに触発されて書いた短編です。

最後までお読み頂き、ありがとうございました。



2018/2/15

異世界〔恋愛〕日間26位

日間総合(短編)9位

日間総合227位


2018/2/16

異世界〔恋愛〕日間32位

日間総合(短編)13位

日間総合258位


2018/2/17

異世界〔恋愛〕日間45位

日間総合(短編)13位


2018/2/18

異世界〔恋愛〕日間59位

日間総合(短編)27位


短編にも関わらず、四日連続でランキング入りすることができました。

皆様、本当にありがとうございます!

(F`・ω・)ゞ

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― 新着の感想 ―
[一言] 呪いを解くために取った緊急手段だったとはいえ、結果的に大切な存在を手に入れることのできた魔女ティーラ……。ハッピーエンドで良かったと心から思いました(*´ω`*) それにしても彼女、歳を取ら…
[一言] 呼ばれてやって来ました。 昨日読んで思ったのは、魔女になりたいな。 今日読み返して思ったのは、使い魔がほしいな。 ティーラはなんだかんだ、マティの事を待っていたのだろうなぁ、と。 十五年越…
2018/02/15 20:56 退会済み
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