剣になったわたしは人間に戻れた
読み切りです。
《願いは?》
「叶えてくれるの?」
《願いを》
心の中で思い描くのは、冒険者。
これってあれでしょ?転生とかそういうやつ。せっかくの夢なんだもん。いつか異世界へ行くことがあるときに慌てない為に練習しておかなくちゃ。有名な高名な冒険者になって活躍するんだ!魔法も使えるけど本職は剣士。
長い髪をポニーテール、すらりと高く、でも、胸はボンとあって、ビスチェタイプのちょっとエロさがある服。動きやすいようにショートパンツ、柔らか目のロングブーツ。勿論、
「チートで、武器…剣…かな、うん、それで…」
《叶えよう》
「えっ、まだ言ってないから!まだお願いしていないからっ!!待って!!!」
《えっ、マジで?…追加…できた…かな。ぎりぎりセーフ》
『何よ!ねぇ!今の何?』
《おかしいと思ったのだが。…………願いを叶えたら、そなたの願いが3つ叶う。詫びとサービスだ》
『意味わかんない!って、え~?なんかおかしいと思ったら手も足も無い!っていうか人じゃない!』
《せめてそなた好みの者に託すとする。想いが能力となる》
『何よそれ!想いが能力?意味わかんないから!!』
《忘れるでないぞ。想いが能力となる。願いを叶えたらそなたの願いが3つ叶う、だ》
『何よ!元に戻しなさいよ!ねぇ、お願い…ひっく、ねぇってばぁ…』
《泣くでない。3つの願いの1つで戻れるのだから》
『本当に?』
《嘘は言わぬ》
『信じていいの?』
《これでも心の底から、そなたの幸せを願っておる。そなたが心を寄せた誰かの心からの願いを叶えた時、そなたの願いが叶う》
『うん、うん、うん?…おいっ、ハードル高いわぁ~~~!』
《それでは、3つの願いを叶える時に会おう》
って、夢にしたって酷いわ!もういいから。私も早く起きたい。
ぽつん。
どこかの壁に立てかけられている。
『ありえない。なんなの!夢だと思っていたのに、超現実じゃん!ってかさぁ、好みのものに託すって言ったじゃん。何で放置プレイなのよ。おかしいよね』
ん?あれ、誰か近づいてきた。皆、素通りでわたしの事なんてまるで見えていないみたいなのに。
「おい、フラフラどこ行くんだよ」
「いや、この剣がオレを呼んでる気がしたんだ」
「何言ってるんだよ。剣なんてどこにも無いじゃないか。大体、そんな所に剣が落ちているわけ…あった」
わたしを持ち上げた人。視線を上げる。うわぁ~、すっごいカッコイイ!使ってくれるならこういうイケメンがいい!うんうん、旅するならこういう人とだよね。は、いいんだけどさ。
『捨てないでね。わたしよく切れるよ。刃こぼれだってしないし、すっごい剣なんだから!多分!!』
「……」
『こんなに猛烈に凄さを訴えた所で只の独り言にしかならないんだよね』
カッコイイけど固まっている。時間を止める作用でもあるのかしら?
「っっうぁあああああああ~~~~~~~!!!!!!!!!!」
え。ちょっ、ちょっと待ってよ!いなくなっちゃった。しかも投げ捨てた。痛いじゃない?痛くない。良かったのかな?痛いのいやだしね。
そしてまた、わたしはひとり。
何度か繰り返してやっと気付く。わたしの声って持っている人に聴こえているんじゃね?そりゃ怖いよね。恐怖の剣だよ。悪魔付きとか呪われているとか思われない様に気を付けなきゃ。
剣なのに刀の様によく切れる剣は伝説になりました!わたし、伝説になるほどの間、未だ剣のままです。今更願いを叶えて人間に戻れるとしてどうにか人の世に馴染めるのでしょうか。
肉を断つ感触の気持ち悪さに泣いた日々。骨を断つ感触に怯えた日々。人の断末魔にすり減る精神。考える力も感じる心もまだ残っているけど、シンドイ。壊れかけたけど、わたしを守る力を付けたら精神も守ってくれましたとさ。もっと早く付ければよかったよ。
願いは叶えた。何度も叶えた。でもどれも、心からの願いではなかった。だからわたしの願いを叶えるところまでたどり着かない。
伝説になるほどの日々が経ち、時がわたしの遠い記憶にある現代と言われていた頃にまで進んでしまった。そして気付く。転生ではなく逆行だったのだろう。でも、わたしが介入したことによって歴史は少しは変わってしまったようだ。
そしてもはや剣の要らない時代になって久しい。
『あ。あれ』
友達がいた。お父さんとお母さん、散歩しているのはわたしの記憶では老犬だったマリリン。お母さんのお腹が大きい。きっと弟がいるんだろう。そしてわたしも居た。何も知らないわたしは無邪気に笑う。それを見たら、急に冷えて何かがスコンと抜け落ちた気がした。
『もう、いいよ、神様』
無駄に永く生きた。わたしはちゃんと生まれてこの時代に生きている。もう必要とされないこのわたしに生きる意味はあるのだろうか。剣なんていらない時代になったのに誰か見付けてもらうなんて酷だ。だって捕まっちゃうじゃん。だからもう、見なくていい。わたしは無い瞳を閉じた。
そしてまた私一人を残して時間だけが流れていく。
「やっと見付けた」
その声には聞き覚えがあるような気がした。閉ざした目を開ける。手に取ってもらったのは久しぶりだ。そういえば手に握られるってこんな感触だった。
「待たせたね」
親しげに話しかけてくるけど初めて見る顔だ。
『こんな所で剣なんて持っているの見つかったら捕まるよ』
「心配してくれてありがとう」
会話した。いつ以来だろう。対話なんて、怖くてしてこなかった。いつも心の中で思うだけだった。剣にじゃない、わたしという個人に向けられる言葉。
「僕の失敗で辛い思いをさせたね。ごめんね」
その言葉で記憶が遡り、昨日の事の様にその時のやり取りが思い出された。
恨んだ。許せなかった。憎しみより怒りが湧き上がる。何で何で何で!!と数えきれないほどの恨みつらみをぶつけたかった相手。じゃなきゃそんな謝罪と労わりの言葉出てこない。
そうと気付いたら出てくるのは嗚咽と涙だった。
「許さないんだから!」
「うん」
「謝って済むことじゃないんだから!」
「うん。許してもらおうなんて思ってない」
「辛かった」
「ごめんね」
「人殺しなんてしたくなかった!」
「そうだよね」
「誰も助けてくれなかった!」
「ごめん」
「一人で寂しかった!!」
「そうだね」
「忘れないで欲しかった」
「うん」
「夢ならよかったのに」
「ごめん」
わたしは涙を拭った。ぶつけたい思いはまだまだたくさんあったが、目の前の男性に縋りつき、ただただ、泣き続けた。
出た声が酷く掠れていた。言おうと思っていた言葉が引っ込んでしまう。縋りついた格好は収まりのいい位置を探している内に抱きしめ合うという形になっていた。
「見つけてくれてありがとう」
そう。わたしは人間に戻っていた。声が出た。喉の振動を感じる。瞬きの度に涙が落ちる。髪が肩を撫で頬を擽る。自分の重さを感じる。温かさが体温があるのだと教えてくれる。
わたしの背中を撫でる手が一人じゃないと証明してくれている。
止まらない涙。どうやって止めるんだっけなんて思っていたら自然に収まってきていた。
「涙を拭いて鼻をかむかい?」
「うん」
久しぶり過ぎてかめるかな、なんてほんの少し考えたけど、覚えていた。かんだ紙は取られて神様のポケットにしまわれた。
今更すぎる。
今更すぎる。
今更すぎる!
ジト目で見ているつもりだけど、神様の顔がどんどん赤くなっていく。
「あのね、多分睨むように見ているんだと思うんだけど、身長の差でね、上目遣いで見つめられている様にしか見えないんだ」
ふぅ~ん。で?
「あとね、その、目で訴えられても僕分かんないから」
だから?
「説明したいから、僕の家に行こうか」
行く所もお金もないし、今の世の中も分かんないからそれでいいけど。地べたに座っているわたしは立ち上がる。久しぶりに自分の足で立つ感触。動く足。自分の意思で動ける。剣の時でも動けるようになってからは移動もしたけど歩いたわけじゃなかった。
久しぶりの感覚に、わたしはまた涙を流していた。
ゆっくり歩いてくれた。戻った体がわたしのよく知る身体だと気付いたのはガラスに映ったわたしを見たからだ。
でも、なんとなくだが当時よりもイイカラダの様な気がする。久しぶりの肉体だからそう感じるのだろうか?前より二の腕がたゆたゆしていない気がする。ほんの少しだけだけど鼻が高くなった気もする。まつ毛もパサっと感が増えた気がする。お腹に筋肉が付いている気もする。意識しなくても、背筋を伸ばし、胸を張る姿勢がとれる。O脚気味だった足も真っ直ぐだと思う。わたしが気を付けて生活していたらあの頃もこんな姿勢でいられたのかもしれない。
「どうして」
神様はわたしを戻してくれたのだろう?あの時は出来なかったけど出来る様になったから助けてくれたのかな?そもそもなんでわたしはあの世界に飛ばされたんだろう。
不思議がいっぱいだ。
考えて考えて狂いそうな程考えた日々。もう何を考えどんな結論を出したかも覚えていない。ううん、容量が多すぎて消したんだ。全てを覚えていたらおかしくなってしまうって心も体も判断したんだろう。
「もう、声に出してくれないと分からないな」
ああ、そうか。そうなんだ。
「顔に出やすいみたいだけどね」
わたし、本当に人間に戻れたんだ。
よく見たら、神様ってすごく優しそうな顔をしている。なんだ、ラノベみたいな物凄い美青年とか美少年とか美幼児じゃないんだ。でも、わたしの心が温かくなる顔だ。背だって弟みたいに高くない。180㎝は無さそうだし。
「神様?」
神様が苦笑した。
「僕、神様じゃないよ」
「は?」
「覚えてないかもしれないけど、僕は神様だと自分で名乗った事はないんだけどね」
「じゃあ、あなたは誰?」
◇◆◇
ほんのちょっとした実験だった。出来る様になったから試してみたかった。ちょうど、僕と仲の良い子が不慮の事故で亡くなって戻ってくるところだった。
知り合いだから、よく知った仲だから、事後報告でも許してくれるはずだ。だから彼女で試した。
最後まで話を聞かなかった僕は望まない姿に変えてしまった。戻せるはずが、出来なかった。追加をしようとしたが対価が必要だった。付けられる限り緩いものを付けた。
これなら数年で元に戻るし実験のデータもとれるし何の問題もない…そう考えていた。
実験の観測ということで彼女を見続けた。
笑って見ていられた期間は短かった。
彼女の心の声も使用者の声も僕に届いていた。全て実験の経過を記すため。
彼女の苦痛と使用者の際限のない望み。早く願いを叶えたい彼女が選ぶ使用者の質が落ちていく。どんどん遠のく彼女の希望。
僕は実験の中止を決め、僕の力で彼女を呼び戻し元に戻すことにした。が、出来なかった。構築し直したり細かい部分も全て診るが、その機能が作動しない。なので、直接僕の力で強制的に…が。
働かない。作用しない。介入できない?
もう、僕の力では如何にもできなくなっていた。
上司に泣きついた。
それを直すのは不可能であり、新たに解除する物を作る必要があった。尋問の時も報告の時も彼女から目を離せなかった。心配で僕もどうにかなりそうだった。
上司からは僕への罰として彼女と同期させられた。望むところだった。彼女の慟哭は僕に深く刺さった。支えてあげたかったが同じ時間と感覚を共有することしか出来なかった。
上司達が彼女を救うことを最優先にしてくれたお蔭で元に戻すことができるようになった。できる様になったが、彼女の感情が動かなくなり諦めすら通り越してしまい、もはやいつ壊れてしまってもおかしくないような状態になった後だった。
「まだ、間に合って」
「大丈夫だ。彼女の魂はここに在った程の強さと輝きを持っていたんだ。大丈夫だ。信じろ」
「はい」
そして僕は彼女と再会した。
◇◆◇
わたしは聞かされた話に涙するしかなかった。それは只流れるだけ。もう散々泣き喚いたからなのか。それとも、くだらない理由で苦労させられたからなのか。もしかしたら、彼の受けた罰に多少の同情がうまれたのかもしれないし、同じ境遇を味わった事を知って同士を得たことが嬉しかったからかもしれない。
どんな理由であろうとも許せないと思っていたのに、恨む気持ちはこれっぽっちもないとは言わないけど、特にしこりもモヤモヤも感じることなく許せていた。
吊り橋効果の様なものかとも思えたけど、彼に好感を持ったのは否定できない。単純だがそれでいいと思う。
「わたし、あなたのこと、そこそこ好きだよ」
「ありがとう」
どういう好きと受け取ったか分からないけど気持ちを言葉にすることそれ自体がなんて気持ちいい事だろう。
「もう、怒らないの?僕の事許さなくていいよ」
「いいの」
「どうして?」
「どうしてかな。さっき言ったけど、あなたの事それなりに好きだし」
うん、どうしてなんだろう。好きって言ってみたけど、やっぱり何でか分からないけど好きだなぁって思うんだもの。
「気のせいとか思い込みとか、雛鳥の刷り込み?とか自分でも思わないでもないけど、今の所それならそれでいいかなって」
「どうして…」
彼はぽつりと小さく言葉をこぼすとぽろぽろと涙を流す。でもその表情は笑っている様にも見える。泣き笑いってこういうことをいうのかな。
「優しそうな男の人に涙を流させるなんて悪い女みたいだね」
「あなたが悪い女なんてことないよ」
「そう?まぁ、根が単純だからそういうのは向いてないかもね」
「だね」
わたしは人のぬくもりを求めて彼に抱き着く。息をのむ音がしたけど気にしない。
その体勢を維持しながら今の世について知っていく。外界を拒絶しながらもラジオを流しっぱなしにするかのように、ずっと音は流れていた。聞こえていただけで聴いていたわけじゃないから何も知らない事と同じだと思っていたけど、言われた事は意外とすんなり理解できた。
「もう少し慣らしてもらったらわたしもあなたと並んで歩きたいな」
「僕、今、学生なんだ」
へぇ。私今幾つ何だろう?
「だから、夏休み中に勉強して、新学期から僕と一緒に行こう!」
「……」
「聞いてる?」
「ええ」
つまり、わたしはもう一度学生なのね?
「あ。高校生じゃないからね?」
僕と同じ大学だからとさらっと言われた。まぁ、社会人経験したし、一応大卒でしたし。学校の仕組みもわたしの頃とは変わっているそうだ。
「あ、それと。僕、下心あるから簡単に好きなんて言わないで。許されるって勘違いしちゃうから。いつか本当に許されたら…。その時は僕の事もそういう対象として見て欲しい」
一気に事を運びすぎ。そう考えているんだったらまだそっとしておいてくれればいいのに。なんて不器用でせっかちなんだろう。
こんなだから、あんな失敗したんだろうなぁ。理解しているのかなぁ。
「まぁ、その辺は置いといて。なんだか放って置けないよねぇ」
「何を?」
お互い気が変わる事もあるかもしれないけど、今のところはこれでいいかな。これ、わたしの方が随分大人じゃないかな。
わたし達出会ってまだ数時間。でも、わたしの事を良くも悪くも隠したいような内心も全部知ったうえで下心があると言ってるんだよ?許さなくていいって言いながらこれだよ。無意識で全部やっているっていうのなら傲慢であるということを分かっていないのかもね。
「同期していたせいなのかなぁ。きっとわたしが許すって、あなたを愛するって確信あるよねぇ」
「ええっっっっ!!」
まぁ、多分許しているし?もう好きだし?その傲慢さも彼の自信の表れで魅力の一つなのだろう。
でもね、ちょっとわたしを甘く見過ぎ。ふふっ、って心の中で笑った。
時間は過ぎわたしも27才になった。彼とはまだ恋人になっていない。心は彼に…なんて思っていたけど、おそらく彼にとっても想定外だったと思うけど、他の男性と付き合ったのだ。
わたしは他の男性を好きになった。素直に向けられる好意によろめいた。その包容力は魅力的だった。ちょっと強引なくらいの押しにも負けた。結局今日までに三人の男性と恋人になった。
なのに今でも彼はわたしを好きでいてくれている。
彼を泣かせたこともある。慣れはわたしを傲慢にさせ、言葉の刃で何度も切りつけたこともあった。厚かましくも、そして当てつけて、加えて甘え…、恋愛相談もしたし慰めて貰いもした。都合のいい男扱いだ。
昨日の今日だが、恋人のカレに会っている。わたしはカレとこれからずっと過ごしていく。そう答えるつもりで。
しかし。
昨日、カレにプロポーズをされた。カレが言うには、わたしは酷く怯えた顔をしたそうだ。喜ぶでもなく戸惑うでもなく泣くでもなく怯えた顔。しかも声は出ていなかったが間違いなく口は「イヤ」だと動いたらしい。
全く覚えがない!
わたしとしては、驚いたから「少し考えさせて」と答えた記憶がある。でも、今日、カレはそんなわたしに別れを言い渡した。
「やっぱり忘れられない男っていうか、好きな男が他に居るんだろ?」
「やっぱり?」
「自覚無しか。悔しいしムカつくから教えてやんない。けど、それでも流されて俺と結婚するって、俺を選ぶって思ったんだ」
そんな、流れそうな涙をこらえながら言わないでよ。
「本当にいい男ならここで幸せを願ったりするんだろうけどしてやんねーからな。くっそ。指輪返品とか超かっこわりぃ」
「ごめん」
「そうだ。お前が悪いんだからな。っつーか、泣きたいから早く居なくなれっ」
わたしが泣く資格なんて無い。彼はわたしに居なくなれと言いながらわたしから去った。彼の言葉が心を揺さぶる。彼の涙が罪悪感を強くさせる。
「罪悪感?」
どうして罪悪感を抱くんだろう。だってそれって、わたしが悪いと思うから抱くものでしょう?でも彼の事ちゃんと好きだったよ。体を合わせることに嫌悪感なんて無かった。ちゃんと愛していた!そして気付く。
「もう過去形なの?」
こんなに悲しいのに、好きだったのに。ほら、今考えているこの時だって表す言葉はもう全部過去形。過ぎた事になっている。そしてまたわたしは慰めて貰いに行くんだ。女友達じゃなくてあの人のもとに。
「分かってるよ」
背けていた。
「今更だよ」
手遅れってあるんだよ。
「もうそんな想いが残っているわけないよ」
わたしはとぼとぼ歩きだしていた。向かうのは自然にあの人の家だ。あの人の家はわたしの家でもあるから。けど、さすがに今日はあの人の部屋をノックすることが出来ないでいた。背けた気持ちに気付いてしまったから。
今までと違い、嫌われたくないという感情が行動を難しくさせる。
「咲良、どうしたの?」
「お義母さん」
わたしの義両親。全ての事情を知っている。あの人の関係者だ。そしてあの人の両親。用意された戸籍、将来結婚できるようにあの人とは姉弟という関係ではない。だからって将来を強制されたわけでもない。だからわたしの恋愛を温かく見守っている。
わたしは耐え切れずに気持ちと想いをお義母さんに吐き出した。いつの間にかお義父さんも帰ってきていて、お義母さんと交代して話を聞いて慰めてくれた。
結局お義父さんとお義母さんそれぞれに同じ話をすることになり、その度に自分の気持ちはカレではなくあの人にあるんだと痛感させられた。
「お義父さん、わたし、この家出ていくよ。仕事も順調だし、もう一緒に居られない。家族に下心ありなんて精神衛生上よくないもの。あの頃ならいざ知らず、いまのわたしじゃ性格も悪くて傲慢で、恋情を持っているなんて知れたら迷惑がられちゃう」
「駄目だ!」
その声はあの人だ。
「だって今更だもの。わたしに悪いと思ったから側にいようと思ったんでしょう?後悔と贖罪でしょう?わたしはあなたを好きだけど、あなたのは違う。責任の一環でしょう?だからもういいんだよ。わたしはあなたを放す」
「違う!」
「違わないよ」
あの頃より笑顔に甘さがある。やっとわたしが彼にに堕ちたって自覚したのを見たからだろう。少し悔しい。けど、永く長く過ごした日々。彼は待っていてくれた。わたしと同じくらい永い時を。
「あなた馬鹿で自信家で、でもとても優しい」
「うん」
褒めたけど、頷かれると面白くない。
「そんな顔しないで。性格が悪い事なんてない。傲慢でもない。君には時間が必要だったんだ。もう散々なほど過ごしたって言いたいだろうけど、止まっていた君が本当に再び生身で生きるには解凍とリハビリが必要だったんだ」
言われている事は理解できた。だから頷く。
「でも、もう終わりでいいでしょう?僕で最後にしなよ。次に君が僕以外に恋したらもう次は、応援しない。邪魔をするよ、咲良」
「よく言った!」
両親が拍手をしている。
「それでもやっぱり他の男に向かうなら、僕も諦めて他の子と添い遂げる事を選ぶよ」
息が詰まった。ひゅっていう音がした。突然この世に一人きりなった。捨てられた。音が何も聞こえなくなった。目は開いているのに何も見えなくなった。立っている感覚もない。
わたしの心臓が止まったのだと思った。
思ったのではなかったらしい。わたしの心臓は本当にショックで止まったのだそうだ。直ぐに蘇生処置が行われわたしは無事に息を吹き返したそうだ。その後、検査をしても何処にも異常は無いのにちゃんと意識が戻らず随分心配させたらしい。そりゃそうだ。
時々目は開くし口から水分補給も出来るのに、開いた目は焦点が合わず虚ろだったのだと聞いて、自分の事ながら怖っと引いた。
「わたし、ティエリが死ぬほど好きだわ。あなたが居ないと生きていけない」
「うん」
「ずっとそばにいてくれる?」
「居るからもう消えないで」
居なくなるっていう仮定でさえわたしを殺してしまえるほど好きだったなんて。なんて素直な体だろう。
「わたしの事は心より体が素直に答えてくれるのね」
ティエリが鼻血を吹いた。
「下ネタじゃないわよ。意外とエッチね」
退院後、早々に入籍した。
今のわたしは身も心も素直である。