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手紙

 これが少女漫画なら、これはきっと僕に宛てられたもので、紆余曲折ありながらも両想いになるという展開で、キュンキュンものなのだろう。そんな前向きな明るい未来が待っているはず。




 気が向いただけ。花壇の雑草を抜いてみようと思ったのは。


 母が急にガーデニングに目覚めたと言い始めて、家の部屋と庭に草花が増えた。

 何をするにも気まぐれで飽きっぽい母の後始末は僕に回ってくる。だから僕も母が購入した園芸本を読んだ。

 草木が育っていく過程は母にとってどうでもよかったようで、植えて出来上がって、庭が彩られ鉢が部屋に飾られたら後はで、偶に水やりをするくらいで。それもその内に忘れられていった。

 草を取るのも、終わった花を摘むのも追肥も、虫対策も僕の担当になっていた。

 植物も生きているのに、形だけ整ったら手を放す。無責任だがそれが母だ。

 そんな母の代わりに植物の手入れが習慣づいていた。

 ただそれだけの事。


 だから、本当に気まぐれで偶然だったのだ。




 学校の花壇の草を抜いていると女子の悲鳴が聞こえた。


「っきゃあ~~~見ないでぇぇぇぇぇ~~~~~!!!!!!」


 僕の目の前をひらりひらりと揺れながら紙が落ちていく。

 思わず手が伸びそれを掴んだ。

 いつもの僕ならそれを上手く捕える事は出来なかっただろうに、今に限って上手く手に取ることが出来た。

 並ぶ文字に目が吸い付けられる。


「ラブレター…だよな」


 機械で打った文字で事を足らすことが多い今時に紙に文字を綴って恋心を伝える。

 これは意外とグッとくる。

 何に於いても普通の上でしかない僕は陰で実は人気があるなんて事もない。書かれている内容に該当する人物が正直羨ましい。

 誰が書いて、誰に届くのだろう。

 まだ書き掛けのそれ。

 完成したそれが欲しいと思った。


 つい読んでしまったそれを持ったまま声がした方を見上げたが持ち主の顔は見る事が出来なかった。

 見られた事が恥ずかしくて出てこれないのか、これを回収する為にすでに移動しているのか分からない。

 でも、大切なものだという事は僕にもわかる。

 僕はテッシュペーパーを取り出す。一枚を敷き手紙を乗せ、石をもう一枚でくるんで重しにして花壇のブロックの上に置いた。

 書き直すかもしれないし、僕に見られたせいで決意が鈍って出すのをやめるかもしれない。

 ここでこっそり待ってどんな子が来るのか見てみたいとも思ったし、この手紙の行方も気になったけど、僕は逃げる様にその場を離れた。


 もし、その手紙を書いた子を見たら恋してしまうと思ったから。その手紙は今の僕にとって惚れ薬の様な効果をもたらすような気がしたから。


「忘れよう」


 わざわざそう口に出さなければ気持ちを切り替えられない。

 それはもう恋している証拠なのかもしれない。


「羨ましいな…」


 あの手紙を貰えるのが僕なら良かったのに。

 もし捨てるなら僕にくれないかな。


「僕、駄目じゃん」


 古風?なのかな。

 どんな子だろう。

 髪は長いのかな。

 得意な教科は何だろう。

 ぽっちゃりしているのかな。

 僕より視力はいいかな。

 百合やバラみたいな子じゃなくて、タンポポみたいな子かな。それともスノードロップやクリスマスローズ?ツルニチソウやマツバギク?

 花壇に植えられていたマリーゴールドやサルビアみたいかな?

 背は高いのかな。

 清楚で可憐だったらあんな風に叫ばないだろうし。

 何年生なんだろう。


 便箋はどこにでも売っていそうな記憶にも残らなそうなありがちな柄だった。

 クローバーと赤いてんとう虫の便箋。それでもきっと気持ちが伝わるように懸命に選び心を込めて書いたのだろう。

 ありがちなのに幸せを想像させる。


 僕は見えない彼女に恋をしたのかもしれない。

 僕は少しだけその事に酔いしれる。

 地味な高校生活の中のささやかな思い出になるのだろう。



 その後、あの手紙は完成したのだろうか。

 想いは届いたのだろうか。

 それとも届くことなく泣く事になってしまったのだろうか。

 せっかくだから上手くいって欲しい。


 そんな見えない彼女の事は少しだけ気になり続けていたが、時間の経過と共に、もう恋かもという想いはすっかり消えてなくなっていた。

 思い出すことはなくなっていた。

 そして、多くのささやかな出来事と同様に記憶の中に埋もれていった。






 高校を卒業し、有名校ではないが大学も卒業した。そして恵まれたことに希望した職に就く事ができた。


 そしてそんな僕にも何度目かの春が来ていた。

 僕の彼女はちょっと抜けている所もあるが、ドジっ子属性って程わざとらしくもなくイライラさせられることもなく、可愛いのだ。

 ただ、少しだけ残念臭が漂うこともあるのだが、それが彼女の隙とも言えて、そこもまた可愛いと思っている。

 どの辺が残念かというと、腐の匂いが溢れる事がある時だ。

 とはいっても僕に強要はしてこないし、逆に腐女子である事を認めつつも見守っていてくれるところが最高だと、そう僕を評価してくれている。少しだが、そのキャラに妬くところもまた最高なのだとか。

 彼女が長く長く、それこそ高校生の頃からドはまりしている金髪眼鏡の背が高いお気に入りのキャラクターが居るのだそうだが、その抱き枕を購入したので使うことを許して欲しいと懇願された。


「僕のベッドに置くわけじゃないから構わないよ」

「ホントに?ありがとう!!」


 彼女の部屋ではその気にならない位、金髪眼鏡くんその1、別のキャラの金髪眼鏡くんその2、金髪妖精くんなんかが貼られ置かれ溢れている。彼女はよくこの部屋で煩悩に負けず勉強をしていたもんだと感心する。

 そしてよくこの状態で、この二次元彼氏より僕の事を好きになれたもんだと、女性の心の機微とは?と摩訶不思議でならない。僕の日本語もなんだかおかしくなってしまった。


 そんな可愛い残念な彼女との付き合いも、もうすぐまる二年になる。


 僕はその1くんの様に高身長でもなければその1くんの様に金髪で運動も勉強も得意ってわけでもない。ましてやその2くんの様に街中の女性を虜にするような美青年でもない。当たり前だが妖精でもない。

 僕の人生で金髪だったことは一度としてない。挙げられる共通点なんて眼鏡をかけているところだけだ。

 彼女は何故金髪キャラが好きなのだろう?

 そんな彼女が何故僕を好きになったのだろう。謎だが幸せだからいいことにする。




 ふと、僕の記憶の奥で忘れ去られていた甘酸っぱい思い出がふっと浮き上がってきた。


『真剣に打ち込むあなたの金髪から飛び散る汗』


 そんな言葉だ。


「どこで見たんだったのだろうか」


『周りはあなたの事をひねくれているとか口が悪いとかいうけれど。あ、口が悪いは否定できませんね』


 花の香り。蜜の甘さ。土の手触り。


『隠しているつもりなのでしょうが、その熱さも真面目さも口が悪いだけで本音も隠しきれていないからこそ先輩も仲間もあなたに声を掛け一緒に上を目指しているのでしょう?得ている信頼がその証明です。みんなあなたが照れているだけだって知っていますよ』


 …あ。ちょっとストーカー入っている?どんだけ見てたんだ。

 思い出したのは落ちてきた手紙。

 何で僕、あれ読んで羨ましいって思ったんだろう。

 確かに読まれたくないよな。


『いつかその大きな手に触れられる存在になりたい』


 好きな人には触れたいよな。


『あなたの声が好きです』

『目標に向かって輝いているあなたの目が好きです』

『口が悪いから勘違いされていることもあるけど優しいあなたが好きです』


 他にどんな文章があっただろうか。

 これだけ思い出せただけでも驚きだ。

 ボーっと過ごす僕を見かねたのか彼女が「おーい」と顔を覗き込んでくる。


「ねぇ、今更だけど、僕のどこが好きなの?」

「えっ、今?」


 驚くのは分からないでもないが、一人で赤くなったり青くなったりするのは何故なのだろう。


「言いたくなければいいよ。言ってくれなくても僕の事好きなんでしょ?」

「うん」


 もじもじと膝をこすり合わせる姿が可愛いっていうより面白い生き物にしか見えない。


「いつかその大きな手で触れられたい。触れられる存在になりたい?だったっけ」


 彼女の顔が「叫び」みたいになった。


「真面目だけど口が悪くて照れ屋…」

「えっ?」


 ん?


「買ったの?読んだの?」


 何のこと?僕は首を傾げる。詰め寄る彼女は真っ赤で必死だ。


「嘘~!幻滅した?どっちも描くけど、現実ではノーマルだから!!偏見もないけどアキくん一筋だから!!」

「何のこと?僕、分かんないよ。ちょっと落ち着いて、ね?」


 オモチャみたいにあたあたする彼女を包む。

 腕の中に入ったらあっという間に大人しくなった。


「アキくん、わたし、何かやらかしたかな?……怒っているんでしょう?」


 何の事だろう?僕は間違いなく怒っていない。自分の事だ、その位分かる。


「ううん、全然」

「でも……」


 えっと、そうそう。


「声が好き、だっけ?」

「ほらぁ~、やっぱり、怒ってるぅ~。アキくん何でぇ。しかも今日はすっごく意地悪!!」

「だから、怒ってないって。思い出しただけだよ」


 すっかり涙声でグスグスと音を立てている。


「泣いちゃったの?ごめんって。怒ってないんだよ、ホントに」

「うん」


 とりあえず背中をトントンする。もぞもぞとすると腕を抜き僕の背中へ回してきた。密着度が上がる。むにゅっと押し付けられた。ほっぺも胸も軟らかいなぁ。下心ありますけど何か?


「思い出。う~ん、恋ごっこ?高校の時の甘酸っぱくもありしょっぱくもある僕の思い出だよ」


 彼女の体がこわばった。心臓壊れませんか?なんか凄い。運動後じゃなくてもこんなにバクバクするんだ。人体って不思議。

 でも、抱く力をもう少しだけ込めてみる。大丈夫だよって。僕の気持ちはちゃんと届いている?だから落ち着いて。僕の思い出聞きたいのかな?


「もう話せる位のしょっぱさなんだけどね。聞きたい?」


 身体がびくりとこわばった。あれ?違うのかな。

 返事が無い。


「もしかして眠っちゃった?」


 頭が左右に揺れた。くぐもった声が届く。


「えっ、何?ごめん、よく聞こえない」


 う~ん。ん?


「…………てる」


 あ~、やっぱりよく聞こえない。


「え?聴こえづらいから顔見せてよ」


 彼女の手に力が入る。グイっと押されて体が離される。

 涙が流れる寸前の目を僕に向けて、真っ赤な顔で僕を睨んでいる。その顔、きゅんとするね。おっと、ちゃんと聞かなきゃ。


「知ってる、分かってる、心当たりあるって言ったの!」


 あ、そうなんだ。でも睨まなくてもいいと思うけど。


「見たなら、覚えていたならもっと早く言ってもいいじゃない!すっごく恥ずかしいんだけど。もうダメぇぇぇぇぇェェェェ」


 僕の頭の中でパチリパチリと組み立てられていく。


「あのラブレター」

「はい?」

「僕の前にひらひらと落ちてきたラブレター」

「知らないよ?」


 僕は何か勘違いをしているのだろうか。


「落ちてきたのがラブレターなら知らない。けど、同じ様な文言を書いた原稿か何かをアキくんが拾ってくれたことはある。うん」


 あれがラブレター以外ならびっくりだ。でも記憶って風化するし。


「僕の記憶違いかもしれないけど多分それだよ」

「アキくんを知ったのってその時だし。その頃は恋はしていなかったけど、優しい人なんだなって思ったよ。腐な事書いたはずだけど言いふらされたりしなかったし、笑われなかったし、探されなかったし。恥ずかしくて出ていけなかったけど、隠れて見ていたの。何度も読んでいたよね。さらっじゃなくて何度も読んでいたからアキくんが去る前に着いたので隠れて見ていました」


 僕、そんなに熱心に読んでいたんだ。そうじゃなきゃ断片的でも覚えていないか。


「もし僕にラブレター書いてって言ったら書いてくれる?」


 あ、急に床をたたき始めた。殺す気なのなんて物騒な事言ってる。


「叩かないで、ね」


 僕は聴こえていなさそうな彼女の手を取る。

 ぷるぷる震える姿が漫画の小動物みたいでかわいいなぁって眺めていると。


「無理。恥ずかしくて無理!っていうか、何なのこの少女漫画な展開は!」

「いや、普通にデートしたりキスもその先もやることやってるよね、僕達。あれ描ける人のセリフとは思えないんですけど」

「でもそこはそれはそれで、あ、ちょっとやばい。アキくんカッコいい。どうしよう」


 突然鞄を漁る。取り出されたのは様々な便箋。それにすごい勢いで何かを書き始めた。


「いいネタが降ってきたの、今、話しかけないで!!」


 僕は静かに待つ。

 新たに加わった一片がさっきの組み立て再構築に加わる。


 正しい答えは導き出された。


 けど、僕にとってはあれはラブレターのままでいい。

 しょっぱいだけの思い出にしたくない。

 甘酸っぱさを残しておきたい。


 嬉しい事もあった。

 あんな何年も前の事、何年も前の原稿だというならば、文言を聞いただけであんなにすぐに反応できる理由は何?

 好きになったのはずっと後だったとしても、その出来事をずっと覚えていてくれたんでしょ?

 きっと何度も何度も僕を思い出して、その原稿から作った本を読んだんでしょ?

 長く作品のファンである理由に僕との思い出もあるんでしょ?

 自覚するのが遅かっただけで、奥底では好きになっていた可能性高いでしょ?


「ホント、僕の事、好き過ぎでしょ」

「そうよ、悪い?!」


 書く手を止めて僕を見る顔は真っ赤なままだ。


「穴が開くから見ないで」


 僕はペンを離させると彼女を立たせ僕のベッドに横たえ、真っ赤なまま固まる彼女の耳元で囁く。


「今度それ、僕にも見せて。ね、いいでしょ?」

「絶対に無理!」

「じゃあ、僕にラブレター頂戴?」


 断られるかな。観念するかな。

 ラブレターもその本も、正直どっちでもいいけど。

 それより、次に会う時は迄には無理だけど、彼女の指に合う指輪を用意しよう。

 こんな彼女の事を僕も好き過ぎるくらいに大好きだから。


アキくん・割と見目整っている方。BLを読むことに全く抵抗ないとは言わないが、強要されるのでなければ平気。運動部に所属はしていなかったが、嗜みだと思って自主的に筋トレはしている。いたずら程度のイジワルをするのが好き。

彼女・婦女子。原稿やメモに余った便箋を使う。当時、いつ言いふらされたりからかわれるんじゃないかとドキドキした日々を過ごす。付き合った彼氏や親兄弟の部品を漫画の時にを密かにモデルに使っている。勿論内緒。


お読み下さりありがとうございます。

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