待ち人のベンチ
あぁ、またか。
青年が一人、公園のベンチに腰掛ける女性を見て思った。
彼女を見つけてからもう二年、毎日のように朝と晩になるとこのベンチに座っている。
何をするわけでもなく座り続けるその様子を前々から不思議には思っていたが、その日の彼は、女性に尋ねてみようと思っていた。
昇りきらぬ朝日の下、やや冷えた空気の充満する公園のベンチにいつもと変わらぬ様子で座っている彼女に、青年は歩みより口を開いた。
「なぜそうして毎日、ベンチに座っているんですか?」
女性からの返答がないので、もう一度口を聞こうと青年が息を吸うと、
「人を待っているんです。」不意に飛び出した女性のゆったりとした声に阻まれ、腹に入れた空気は白い小さな雲となり口から逃げていった。
「どんな人を待っているんですか?」と仕切り直したい手前、青年は聞いてみた。
「名前も知らない人ですよ。あったのも一度だけ、あの人も人を待っているといっていましたが、ある日を境に現れなくなってしまったので、こうしてまた会えるのを待っているというわけです。」と女性は答えた。
しかし、青年には名も知らぬ人を待ち続ける女性の気持ちが理解できなかった。
自分が散歩の途中であることをふっと思い出し、青年は女性にその事を伝えてその場を去った。
翌朝、自分の中の疑問に対する答えが欲しかった彼は、いつものベンチへと歩いた。
見慣れた景色の中、ぽっかりと穴が空いたように、あの女性の姿だけがなかった。
彼は静かにベンチに腰を下ろして彼女を待ったが、彼女は現れない。
次の日も、また次の日も、そのまた次の日も…。
何年かの月日が流れ、公園のベンチには一人の男性が座っていた。
その元に、一人の女性が歩みより、こう切り出した。
「どうして毎日、ベンチに座っているんですか?」
男性は、はっと何かを理解し、少しの間をおいてから、
「人を待っているのですよ。名も知らぬ誰かを。」と笑って答えた。
翌日からベンチには女性だけが座っている。
そこに男性はもういない。