黒鉄の名 その1
遅くなりましたがあけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
町に着いてすぐに衛兵に話を通した。
この街に野党の本拠地がある、討伐をしたいのだが許可をもらえるか、と。
場所についてはミシェルが教えてくれたためそれも伝えた。
その後交渉の結果、奴らの捕縛に対してこの町の町長の許可ももらった。
ついでに、この町の衛兵達の指揮権までもらった。
それでいいのかと心底疑問に思った。
相手の拠点には出入り口が一つしかないため、衛兵を三人もらい受けて相手の隠れ家である廃屋の前まで来た。
実際の隠れ家はこの家の地下であるので家の前まで来ても、相手に感づかれることはない。
ここでどう動くかを衛兵に伝えることにする。
「ここが入り口となる、悪いが封鎖を願う。突入は俺が行う」
「かしこまりました!」
なんでお前ら敬礼をする。
ここが廃屋の前で人通りが少ない夜だからだれにも見られんが、見られていたら何事だと奇異の目で見られていただろう。
「異様に疲れた」
「かははは! しゃーねぇだろそりゃぁよ」
笑うアスラを恨めし気に見て、ため息をつく。
この廃屋の地下の間取りを思い返し、相手の戦力を思い返す。
相手に金属鎧はない、武器もナイフと長剣がせいぜい。
加えて狭い屋内。
「俺一人で、十分だ」
「あー、お前に適してるところだよな。とはいえ私も行くけどな、攻撃はそっちにまかせっけど」
「いいのか?」
「放っておけねえだろ」
「そうか」
なんにせよ、やることは決まっている。
「ならば行くぞ」
「了解ってな」
廃屋にある地下への階段は木の板で隠されていた。
それを踏み割ってそのまま階段を駆け降りる。
ここからしばらくは直線が続く、そのためか見張りは一人階段下の小部屋にいるだけ。
駆け下りた勢いのまま手の中に召喚した長剣を相手の胴体にねじり込む。
長剣から手を放して今度はナイフを喉に叩き込む。
返り血が自分を汚すがいつものことだ。
「な、お前……ぐ……!」
「次か」
ナイフから手を放して相手の体を消し飛ばせば力のなくなった体は地面へと落ちる。
そのまま囚われているがいる場所へと足を向ける。
『急いで二人とも! 一人危ない子が……!』
緊迫したミシェルの声、それを聞いて相手の命についての考慮の一切、放棄することに決めた。
「わかった」
無手の状態で駆け出す。
当然足音が響く。
通路の途中、一つ目の部屋の扉が目の前に来たところでそれを思いっきり蹴破る。
「な、なんだお前は!」
中にいた男は二人。
先ほどまでテーブルの上でカードをしていたのか、椅子から身を起そうとしているところ。
一人はすでにナイフを抜いているがもう一人は動作が遅く懐に手を入れたところだ。
もっとも、互いの距離はナイフが届く距離ではない、だから。
「が、ぐ……」
「な……」
俺の両手それぞれに長槍を召喚してそのまま懐に手を入れていた男を貫く。
槍の柄から手を放して動きの止まった両者の胸にナイフを突き入れ抉り、再びその柄から手を放す。
崩れ落ちる二人の男を尻目に先へと進む。
召喚魔法で槍を召喚し扱うことで、ナイフの間合いの外から攻撃を加えることができる利点。
そして槍の穂先を防ぐことのできない防具を装備した相手、その二点がこの場の制圧を容易なものへと変えている。
進み、出る相手を一方的に槍で串刺しにし、ナイフでとどめを刺し、排除する。
返り血を浴びること更に五回、ようやく目的地に到着した。
木製のドアを蹴り破る。
目の前に広がったのは、地面に広がる血液と、切られた少年。
そして肩で息をして右手に血のまみれたナイフを握った男。
背を向けているその男を槍の石突きで足を払い転ばせ、倒れた所に大槌を振り下ろして足を砕く。
「守るの、頼むぜ?」
アスラの言葉に首肯し、大槌で男の足をもう一本砕いてから、入り口を警戒するように構える。
後ろで行われているのは何かはわかる、いつものことだ、いつものことであってはいけないことでもある。
「守る、か。……仕方がないな」
元より、俺という人間は守るという行動に合っていない、そう思っている。
だが、頼まれたのならば背負うしかあるまい。
「ままならんな」
響く足音。
狭い拠点だというのに、一体何人の者がいたか……あと三人か。
要救助者は確保できた、ならばあとは情報を吐かせるために。
「確保するか」
右手に、多く返しのついた長い刃を持つ槍を。
左手には小型の槌。
右手の槍を相手の体に打ち込み、それを引くことで相手の体を寄せて左手の槌で殴打することで昏倒を狙う。
「な……『黒鉄』……!?」
部屋の入口に三人の男が集まる。
そのうちの一人が俺の姿を見て、声を震わせる。
それに構わず一番右側に立っていた男を槍で貫き、そのまま引き寄せようと槍を引っ張る。
体勢が崩れた男の頭を左手の槌で殴りつけて、男の体から力が抜けた感覚を感じ、槍の柄から手を放す。
残った二人を睥睨して再び右手を同様に動かす。
真ん中の男を狙ったが、そいつはもう一人を盾にしてそれを防ぎ、そのまま出口へと駆け出した。
「ぐあ……そんな……」
それに構わず槍を引いてさっきと同じようにその頭蓋に槌をたたきつける。
引き寄せるときには槍の返しが男の体を傷けることによる激痛が走るため、男の叫び声が響き渡るがそれも止む。
「終いだ」
逃げた男は追わない。
この入り口を封鎖しているのは三人の衛兵。
単騎で数をひっくり返すというのならば何らかの利点が必要だが、あの男にはそれがない。
ここを逃げたところで、その末路は決まっている。
「アスラ」
「大丈夫だ、運がいいぜこいつはよ。きっちり治せる程度の怪我だったぜ」
「そうか」
「あとお前こっちくんなよ」
あの母娘の容態を見ようとしたところで、静止される。
俺は部屋の入り口で動きを止める。
何故だ。
「不思議そうに思ってんだろうけどよ、お前の今の姿を母娘に見せるとか刺激強すぎんだよ、血塗れ男」
『そうだね、あの異名の成り立ち通りの姿だから兄さんは離れたほうがいいよ』
「……そうか」
視線を落として服を見る。
俺の服はそこらで一般的に売られている、色合いとしては色褪せた白というべきものの服。
ズボンにシャツというただそれだけのものだ。
だが、今では返り血により赤く黒く着色されている。
そういえばむき出しの腕に固まった血が張り付いて気持ち悪いな。
『もう残ってる人はいないよ。さっき逃げた人も無事につかまったみたい』
「そうか。アスラ、俺は行く。二人ほどこっちに人をやる、頼んだ」
「おうよ」
ミシェルの言葉に安全を確認した、後の仕事は衛兵の仕事だ。
その領分を侵すつもりはない。
もっとも、すでに手遅れな気もするが。
「離せ! 離せぇ!」
外に出れば、入り口では逃げた一人を衛兵が捕縛しているところだった。
散々喚いているが、そんなことで離す奴もいない。
「お疲れ様です! ご協力感謝します!」
「いや、こっちこそ無理を言った」
「いえ……と言いたいところですが、確かに他の場所ではこうはいかないかもしれませんね」
「だろうな。ここの町長、ひいてはこの地方の領主が柔軟で助かった」
「我らが誇るべき上司ですよ。この後は町長のところへ?」
「ああ、今回の礼と、宿の紹介を願いにな……その前にこれをどうにかせねばなるまいか」
「そうでしょうね、私も貴方を不審者として捕まえたくはありません」
自分の汚れた体を見る。
全身血塗れのこれは、何にも言い訳ができない。
「幸いとは言えんが、備えはある。着替えてから行くことにしよう。救助者の手当てを頼む」
衛兵にそう言い残してから廃屋へとひき返し、替えの服を召喚する。
町長の家で、今回のことについての報告を行う。
互いに卓について顔を突き合わせているが茶はない、報告を優先すべきだとして断ったためだ。
無礼と思われるかもしれないが、表面上町長は快く応じてくれた。
俺が報告をしているのは、それが協力をしてもらうための条件であり、本来であれば衛兵から報告書などを書いて報告するべきところを今回は早く報告が欲しいということでこうしている。
「以上、正確な死者はわからないが、相手の生存者は二名。つかまっていた三名のうち二名は無事、一人は重傷といったところだ」
「わかった、あとはこっちで何とかしよう」
「指揮系統を無視して動いてすまない。それと便宜も図ってくれたようで、助かった」
「何、今から衛兵隊長をたたき起こしたら動きがその分遅くなる。ならばこっちで受け持ってしまったほうが早い。私も元は衛兵隊長だったもので経験はしていたからね、こういう時にかけた時間がどれだけ人に被害を与えるか知っている」
「そうだったか」
それだけ返して、目の前の優しげな顔をした中年男性に向かって静かに頭を下げる。
「俺の名前のこともあって、特別に許してくれたのだろう。ならばこそ、俺は今一度頭を下げよう。……無理を言った、すまない。そしてありがとう」
「私は冒険者である『黒鉄』のラルドに依頼をしただけに過ぎない。野盗潰し、とも言われている君にね」
「……ありがとう、今の俺にはこの言葉を重ねて贈ることしかできない」
「こっちこそ言うべきなんだろうけれどもね。いいのかい、冒険者としてギルドに突き出さなくて」
「かまわない、衛兵達が捕らえたとしてくれ。俺は、あの母娘が助かったという事実だけでいい」
冒険者がそういった手合いを捕まえた場合、ギルドから報酬が出る場合がある。
もっとも、それはそのギルドのある街を管理する領主から報酬をもらい、それを冒険者に払うというもの。
とはいえ、俺は今回はそれを利用するつもりもない。
「謙虚だね」
「金銭に対する執着は必要以上であれば毒に変わる、と思っている。自戒はせねばならん」
「ふふ、耳が痛いね」
町長は笑う。
俺よりも何十年長く生きている彼は、苦笑を浮かべている。
「この町の人のための執着だろう。そしてそれは必要なもののはずだ」
「そうである、とは思っているけれどもね。こうして常に危機感を抱いていないと道を外れそうで怖いんだよ」
その気持ちは、わからないでもない。
俺も今こうして日の当たる道を歩いているが、一歩間違えば俺は人でなしに成り果てる。
踏みとどまれていると思い込めているのは、今の家族の存在だろう。
「そうか。……ところで、この時間から済まないが寝れる場所はあるなら紹介願いたい」
「この町に来てすぐにここに来たんだったね。……連れ込み宿なら空いていると思うけど」
「町長、俺も命は惜しい」
真顔で返してやると町長は軽く笑ってから、しばし思案気な表情を見せる。
そして何事か思い当たったのか、こっちをまっすぐ見据える。
「一緒に来ていた、アスラって子は確か治癒魔法が使えたね?」
「ああ」
「なら頼み事でもあるのだけど、その重症の子と一緒に治癒院にいてくれないかい? 今は他に病人などもいないはずだから部屋は空いてるだろうし」
「いいのか?」
「こっちとしては治癒院の職員を借り出せなくて君たちで賄おうとしているっていう打算があるからね」
「構わん、その程度の打算ならばかわいいものだ」
言い切った俺に町長は何とも言えない表情を浮かべていた。
褒めたつもりだったのだが。
「治癒院の職員にはこっちから連絡しておくよ、鍵を渡すからこの街を発つときに返してくれないか?」
「随分と信頼されたものだが。下手な冒険者に渡してはそのまま持ち逃げされても知らんぞ?」
「君はしないと、確信しているからね」
「決して善人ではないのだがな。だが返しは訪れよう、必ず」
そう言葉を返してから外へ出る。
夜の空気に俺の呼気が白く上る。
それを何ともなしに眺めてから、歩を進めた。