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黒鉄の旅人  作者: 狩咲
7/10

幕間 泥に塗れた白金

母娘が来た。

涙の跡が見れる、家族に必要な何かが欠けてしまったんだろう。

くそったれ。

この場所は檻、ならず者にさらわれた人が突っ込まれている……もっとも今は俺一人だが。

この部屋には、あと檻が三つあったが、それらは空だ。

どうにも鍵が壊れてしまったようだ、安物で手入れを怠っていたんだろう。

ざまあみろ。


「……はぁ」


内心で悪態をついて、実際はため息を口から漏らす。

俺がここに来たのは数日前、だと思う。

閉じ込められて日も見えないなら、申し訳程度にもらえる食事の回数と見張りの行動で判断するしかない。

何はともあれ、両親が目の前で殺され、俺はここに突っ込まれた。

その経緯は思い返さない、思い返せば今もこの部屋唯一の出入口で見張っている奴への怒りを抑えられない。

そんなもの、燃やしても無意味なんだ。

十歳にしかなっていない俺がここを抜け出して、あいつらをぶっ倒してこの場を脱出する。

そんなの無理だし、やってみねえとわからないっつってやってみようとする……とか馬鹿じゃねえの。

勇者、英雄、それらの類ならやってのけんだろうけど俺は違う。

ただの農家の一人息子なんだ。

鍬は握れても剣なんて握れやしねえ。

だから、そんなことは無理だ。

魔法が使えれば、もっと体を鍛えていれば。

そんなたらればに意味はねえ、現実はこの状況、俺の生は詰んだ。

この先どうなるかはわからないが、少なくとも今までよりは悪い生活だ。

親父もお袋もいねえ、畑を一緒に耕して笑って過ごす、そんな日々はもうどこにもねえ。

行きつくところまで、流れるだけだ、もう。


「おとうさん……おとうさん……」


泣きじゃくる女の子とそれを宥める女性がこの檻に入ってくる。

女性の顔は殴られた痕がある。

大方あいつらが殴ったんだろう。

ああくそ、見せんじゃねえよ。

思い出したくもないことを思い出しちまう、くそ。

俺の親父は出会い頭に斬られて倒れた。

それから起き上がろうとする親父を蹴り、指を切り飛ばし、つぶれるようにして倒れたのを笑いながら見ている野盗たち。

俺とお袋は剣を突き付けられながらそれを見ているしかできなかった。

親父がそのま死んでいき、それからお袋は野盗たちに連れていかれた。

戻ってきたのは、お袋の腕だけだった。


「大丈夫よ、大丈夫。お母さんが守るからね……」


母親の声が聞こえる。

檻の中でへたり込んだ娘をあやすように、自分もまた腰を下ろして娘の背を軽くたたいてあやしながら。

震える声で、母親として娘を安心させようとしている。

この檻にいるのは俺とその母娘だけ、それがよかった。

そうそう広くはないが、俺と母娘の間に人三人分ぐらいの距離は空けられる。


「……」


何も口にできない。

くそ、くそ、なんだよ畜生。

俺が何か悪いことをしたかよ、親父もお袋もなんかやったかよ。

ただ畑耕して、日々作物の出来に笑ったり悲しんだりして、ただそれだけなのに何でこんなことになってんだよ。

この母娘もなにしたってんだよ、着ているものが特段いいわけでもないから別にどこぞの領主の家族っていうわけでもねえはずだ。

これがこの世かよ、ざけんなよ。


「くそっ……」


無理矢理にでも目を閉じる。

こんな世界なんて終わってしまえ、そう思った。






目が覚めた。

食事が置かれているのが見えた、次の日になったはずだ。

母娘はいた。

この檻に閉じ込めてしまえば何もできないだろうと思われているため枷がない。

だから今、母娘は互いに抱き合い眠っている。

寒い夜を凌ぐように、と。


「くそったれ」


悪態しかない。

俺にできることはそれだけだった。

三人分には不足といえる食事を眺める。

……くそったれ、本当にくそったれだ。

誰も優しくねえ、優しくしたところで何があるわけじゃねえ。

所詮は自己満足だっての、わかってんだよ馬鹿野郎。

たった十を数える年しか生きてねえよ、そんなのでもわかってんだよ。

すれてる考えかもしんねえけど、それがこの世なんだって思ってんだ。

けどな。

そんなもんにならってなんてやりたくねえんだよ、馬鹿。


「ははっ」


両親もいねえ、住む場所もねえ、なんもなくて空っぽなこの俺。

そんなものより、支えあえる相手がいるこの二人のほうが、生き残った時にまともな生活ができるんだろうよ。

だったらまあ、生きるべきなのは俺じゃなくてこの母娘だ。

なら、俺のできる全部でこの母娘が生きる目を増やしてやる。

どうせ、俺の命は袋小路にはいっちまったんだから。


「ガキだかんな、できんのはこの程度だよ、くそったれ」


三つの食器にあるスープ、一つの中身の半分を残りの二つに流し込んで、半分になったそれを飲み干す。

このまま状況に流されて、終わり、と思っていたがやっぱりそれは癪だった。

自分の死に方ぐらいは自分で決めてえ、なんて、ガキが思うようなこっちゃねえだろうがな。

仕方ねえだろ、もう終いなんだ。


「さすがにこれを開ける力はないしな」


金属の格子をつかみながら苦笑する。

格子の向こうには空の檻が見える。

正方形の部屋に、入れられた四つの檻。

出入口はドアが一つだけ、その向こうには見張りがいるはずだ。

魔法が使えれば、この母娘を助けて脱出するなどということが俺にできたか。

無理だ。


「英雄騎士、ジークハルトならできたのかもしれねえけど」


脳裏に浮かべるのは、旅の吟遊詩人が諳んじた物語。

バルケルス領を統治する領主の家の長男である、ジークハルト・C・バルケルスが主役のそれ。

バルケルス家が代々伝える剣技を操り、六つの魔法を操る才を持つ騎士。

かの騎士は野盗から娘を救い、魔物の群れから村を救い、果ては魔物を統率していた竜すら斬り捨てる。

多くを救った英雄、故に英雄騎士。

だけどそんな存在はこの場にはいないし、俺は英雄でもなんでもねえ。

だったら、来るかもしれねえチャンスってのを、待って、それが来た時に最善で最速の行動ができればいい。


「だったら、狙いは……一つしかねえ」


あいつらは腰に短剣を下げてる。

そしてこの檻の入り口は低い、あいつらが入るなら屈んで入るしかない。

もしここに入ることがあったとき、その入り口で屈んだその瞬間に、短剣を奪って、殺す。

今まで考えることもなかった恐ろしいことだが、今ならできるだろうよ。

追い詰められた、捨てるものも一つしかねえ。


「返り討ちにあったら、死ぬだろうな」


ただ静かにそう思って、母娘から距離をとって横になる。

自己満足だ、だから伝える必要はない。

その時が来たら、行動するだけだ。

相手がどう思うかも関係ねえ、それが自己満足ってやつだろ。

今までさ、我ながら善良だった、いい子だった。

だから最期の最期、相手の都合を考えずに身勝手に生きて死んでもいいだろ。

……親父、お袋、ごめんな。

絶対怒ると思うけど、俺、生きていける気がしねえんだ。

だからこんなことをする。

許してくれなんて言わねえからさ、向こうで会ったら、めいっぱい怒ってくれよ。

なあ……。



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少年は再び眠りにつく。

その決意が、どんな結果をもたらすかは、いまだわからず。



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