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黒鉄の旅人  作者: 狩咲
6/10

番外 追憶

番外編、アスラ視点のお話です。


共に歩く黒髪の少年をふっとみる。

精悍な顔つきにそれに見合う鍛えられた体。

今は筋肉のついた腕を曲げ、左手で口元を押さえている。

先ほどの死体を見てからずっと考えている彼、聞いた話だとサラードの町まで馬車に乗せてくれた家族の父親だったとのこと。

ならば彼が考えるのは、きっとさらわれたであろう残りの家族を助けるための……言い訳をしているところだろう。

過去に一緒に旅してきたときに幾度か聞いたことがあるが、彼は何かを助けたいと思ったときには必ず、自分自身に対して言い訳をしている。

誰も聞いているわけでも咎めるわけでもないのだからそんなの気にしなくてもいいのに、と言ったのだけども、彼曰く揺るがないためのもの、だそうだ。

何があっても、最後まで軸が揺るがないようにと言い訳というもので固めてしまうのだと。

自分の中の憎しみや恨みや、相手の言葉で決して揺るがないように、と。


「……しかたがねえなあ、準備だけはしておくか」


様々な大義名分の名の元に自分の黒い感情をさらけ出して暴走してしまいそうだと恐れているくせに、いろいろと見過ごせなくて動く彼。

そんな彼に、私は感謝をしている。

だから、彼がこの後どうするのか決めたのならば、私はそれを手伝おうとするだろう。

私がまっとうに話すことができる数少ない人間にして、私を苦痛のるつぼから連れ出した人の一人。

私に世界をくれた人。

出会ったのは、数年前だった。



□□□



素足で地面を踏みしめる。

石畳もなく、草が生えているわけではない。

むき出しの土に足を進める。


「……このまま終わるのかな」


擦り切れた麻のワンピース以外の何をも持っていないのだから、野盗や魔物に襲われれば対抗する手段はない。

さらに言えば、食料もないのでこのままでいれば飢えて死ぬ。

それでも。


「あのままよりは、ずっといいけど」


自分の家にいれば生きれはする。

ただそれは、生きているという状態が保証されるというだけで、それ以外の保証は一切ない。

だから先ほど、逃げだした。

精一杯走った。


「ああ、気持ちがいいなぁ。この気持ちのまま死ねるなら、それはそれでいいかも」


地面を踏みしめる素足は痛みを返してくるが、その自然な痛みこそ愛おしい。

今まで受けた無数の痛みは刃で体を切り刻まれる、体に穴開けられるなどのものだった。

それが毎日続いていた日々を振り返れば、今の状況は笑えるほどに素晴らしい。

今にも倒れそうという状態だが、ああ、とても素晴らしい。


「あはは……はは……」


もっとも、そんなのは強がりなんだけれども。

体から力が抜けている。

空腹とかそういう問題ではない。

私の体は、血を流しすぎた。

体にあった傷は魔法で癒したが、流れ出ていった血が戻ることはない。

頭が揺れる、息が切れる。

吐くものなど何もないのに気持ち悪さだけが襲っている。


「止まれない、止まりたくない」


後ろからあいつらが追いかけてきているかもしれない。

だからその状態でも歩き続ける。


「生きたい、死にたくない」


人として、真っ当に生きたい。

死にたくなんて、ない。

だから、歩く。

私が出て行った村からどこまでの距離を歩いたのかもわかってない。

歩いていくこの先に町があるのかもわからない。

ただ道を見つけてそれを歩き続けているだけ。


「あっ」


足がもつれる。

踏みとどまろうとしたが力が抜けた体はそのまま地面に倒れこんだ。

顔も胸も腹も地面にぶつけて痛みが襲う。

立ち上がらないとと力を体に入れるが、入らない。

頭がふらつく感覚が強くなっている。

でも、立ち上がらないと。

このままで魔物や野盗、それとあいつらに見つかったら私は終わる。


「生きたい……」


地面を掻いて立ち上がろうとする。

体が浮き上がらない。

幽閉されて、私の体が弱っているのはわかっていたけれども食事自体はあった。

だからそこまで問題ではないと思っていたけれども、問題だったのかもしれない。


「生きたい、のに……」


幾度も、立ち上がろうともがく。

気持ち悪さは収まらず、息もずっと切れたまま。

はたから見ればもがいている虫のようにも見えるかもしれない。

脳裏に浮かぶのは、あいつらの顔。


「生き、たい、人、だから……!」


ある者は笑いながら私の腕にナイフを滑らせ血を啜り飲む。

ある者は私の腹にナイフを叩き込んで、そこから溢れる血を浴びるようにして飲む。

ある者は私の唇を切り強引に唇を奪いつつ血を嚥下する。

ある者は欲の浮かんだ笑みを浮かべて体に手を這わせながら血を啜るものもいた。

種族としては人、という私の同じもののはずだった。

だがそこでの私は人ではなかった。

まごうことなき、消耗品だった。


「人と……して……」


頭が揺れる。

幾度も立ち上がろうとしているが、私の体は立ち上がらない。

だんだん口からは呼吸音しか漏れ出なくなる。

半分閉じかけていた視界に影が落ちる。

ついに限界かと思ったが。


「どうした?」


若い男……同じ年ぐらいの声が聞こえた。

私の口は呼吸音しか漏らしていない。

だけども、言えることは一個しかなくて。


「いき、たい」


自分でもわかるほど掠れた小さな声。

顔も上げることができず、地面しか映さない視界を瞼で完全に閉じる。

もう、私にできることはないと、思ってしまった。


「わかった」


私は意識を落とす。

最後に聞こえた声はどこか優しかったような……そんな気がした。





意識が覚醒する。

やわらかい感覚に包まれているのがわかり、見渡せば知らない部屋。

そして今いる場所はベッドの上。

何が起きたのかがわからなくて思わず体をかき抱く。

最後、倒れる前に聞いた男の声、それが。


「起きたか」


今、聞こえた。

顔をむければ、黒髪に黒目の珍しい少年が立っていた。

そこらの人が着るような麻の服を着ており、そこから伸びる腕にはしっかりと筋肉がついている。

本人の背も高く、見るからに力がありそうだった。

視線は鋭く、射貫かれたかのような錯覚を覚える。


「あ……」

「目の前で倒れられたので、近くの町まで連れてきた。ここは宿屋だ」


伝えるべきことをぶつ切りにしたような、そんな言い方。


「あ、ありがとう」

「構わない。一泊分の宿は取ってある、休め」

「一泊……」


ふと気が付く。

この部屋はカンテラによって照らされて明るい。

つまり、今は夜ではないだろうか。

一泊、というのならば私は明日には出ていかねばならない。

いやそもそも。


「ごめんなさい! ここ、どこですか!?」

「宿だが」

「町の名前!」

「アラドニ、だ」


私のいたところではないことに安堵の息が漏れる。


「今は夜だ、容体を見るために俺がいたが、無用だろう。出ていく」

「え、その……」

「医者に診てもらったところ貧血だとのことだ。着替えは適当に用意した。良ければ着替えろ」

「待ってください!」

「何だ?」


思わず叫んでしまったら、静かにしろとでも言いたげな視線が向けられた。

そういえば、今は夜だったかもしれないのだった。


「なんでそこまでしてくれたんですか?」

「拾ったのはあのまま放置すると夢見が悪くなりそうだから。着替えまで用意したのは妹から頼まれたから。妹が頼んだのは『同じ女としてその服装のままはちょっと見過ごせない』という理由だ」


一つ一つ箇条書きの文章を読むように答えられた。

その間表情は一切変わらず、この少年が何を考えているかがわからない。


「何も聞かないんですか?」

「聞く必要がない。お前がどこかで罪を犯そうとも俺はそれを知らないから何もする必要がない。どんな人間であろうともこの先関わらないのならば知る必要もない。そしてもし俺を害そうとするのならばどちらかが死ぬから問題もない」


真顔で言い切られた。

私もまっとうな人間とは言えないと思っているが、目の前のこの少年は本当に人間なのだろうか。

でも、だから私は今こうして話していられるのかもしれない。

人間は、怖い。

話すことすら、今の私にはできないかもしれない。

だから、思わず馬鹿なことを口にしてしまった。


「……助けて、と言ったら助けてくれますか?」


言ってしまった。

縋るような言葉を、相手にはそんな義理も理由もなくて。

さらに言えばその代償に何を要求されるかもわからないというのに。

後悔が襲う。


「一定以上の費用が掛からずに、犯罪に該当しない手段で可能であれば構わない。見返りはこの先の町の情報でももらえればいい。そっちから逃げてきたんだろう、お前は」


帰ってきた答えは予想外のものだった。

単純に助けるか助けないかの回答だけだと思ったら条件が細かくついてきた。

この段階でつけるものなのかとも思った。

さらに見返りはこの先の町の情報だけと。


「裏、あります?」

「無いが?」


また馬鹿なことを聞いたと思った。

それに馬鹿正直に文句ひとつなく真顔で返す少年を見て、本当に馬鹿なことを言ったと思った。

何人もの欲が浮かんだ顔を見た私は、なんとなくではあるがその人が欲を抱えているかがわかる。

それを信用していいかとも思ったけど、目の前の少年は危ういと思う程にその欲が感じられていない。

冷たく、硬い、そんな印象すら受ける。


「なら、助けて。私がまっとうに人として生きれるように」


だったら私はこの少年に賭けてみよう。

どうせ、死ぬはずの命だ。

ここで賭けに失敗したとして、負けは少ない。


「わかった」


余計な言葉もない承諾の言葉。

私は思わず、笑いそうになった自分に驚いた。

どうやら私はまだ笑えるらしい。


「ありがと。あ、君の名前を教えてくれない?」

「ラルドだ」

「そっか。改めて、ありがと。ラルド」



□□□



それが始まりだった。

その後色々とあって一緒に旅をしてきた。

砕かれた常識の数々は忘れたくても忘れられない。

破天荒な旅だったとも思う。

そしてその旅の中で何度の理不尽をその目で見たか。

何度、悲劇を見てきたか。


「……ああ、何度目だろうな」


彼の一人言が聞こえる。

ああ、本当に何度目だろう。

そして彼はその度に、身を危険にさらしていた。

『見てそのまま放っておくのは夢見が悪い、それにこの先ふとした時に思い出す』から、と。

自分にできるすべてを毎回、彼は振り絞って挑む。

その姿を幾度も見てきた。


「ミシェル、アスラ、悪い」


顔を向けるとそこには意を決した彼の顔。

ああ、いつもと同じだ。

だから、私も心を決める。

やれることを、やるべきことをやる。

これはあの日助けられた私の恩返し、ではなく。

私も彼と同じで、そのまま放っておいて夢見が悪くなるのが嫌だから、という自分の理由で彼に協力する。

消耗品ではない、一人の人間の私の意志で、私は生きているのだから。

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