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黒鉄の旅人  作者: 狩咲
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北の町へ その3

青空に輝く日に目を細めてから、緑の中にできている土がむき出しの道の先へと視線を落とす。


「久々に、ゆっくりしようとも思っていたのだがな」


昨日サラードの町にいたはずの俺は、ミシェルの体の治療のための手がかりを山を越えた先の町まで求めて、道を歩いている。

昨日、移動手段について話が出たところで俺は歩くことを提案した。

サラードの町からコンラード方面への馬車は出ていない。

その理由が、途中で険しい山道を超えることになるからである。

案としては、コンラード方面への護衛依頼を請け負うというのあった。

ものによってはともに馬車に乗り何かあったときに降りて対応する、という形だ。

だが、これはもし何かが起きた時に面倒を抱え込む。

加えて言えば、道中でより目的に近づくものがあったとしてもそれを追うことができなくなる可能性がある。

馬車を借りるというのも、馬を返せない事態が発生した場合の損失が大きいため除外。

そうして、徒歩を提案したところそのまま通ってしまった。


「早いほうがいいだろ。徒歩ならつくまでに時間かかるしな」


傍らにいるアスラがこちらに顔を向けることなく俺の言葉に返す。

俺よりも頭一半ほど下ぐらいの身長のため、俺がそっちに顔を向けると見下ろす形になる。

とはいえ、これは俺の背が同年代の男に比べて高いせいなのだが。


「俺は昨日しばらくは居る言ったはずなんだがな。つくづく予定通りにはならないものだと思ってな」

「用はなかったんだろ?」

「まあな、だからこそいいとは言ったんだが。ふむ、今日の夜までには、山のふもとにある町にはつく、か」


我ながら、少し生き急ぎているのか、とも思わなくはない。

ミシェルの体を早く治したいという思いはあれども、その前に俺が潰れるのはよろしくない。

だがしかし、サラードで本が買えなかったのが実に残念だ。

俺は欠陥から召喚魔法しか今のところ使えず、今後使えるようになったとしても、あと二種類使えるようになれれば御の字だ。

もっとも、俺に合った聖剣か魔剣に巡り合うというのは期待するには厳しい確率なので期待はしていない。

だから、召喚魔法でできる範囲を広げるのを目標にして日夜研鑽を積んでいるが、それには魔法に関する本が必要だ。

しかし、サラードまでの道中でそれらの本は読んでしまったため、新しい本をサラードで得て置きたかったのだが、生憎と本を探す時間がなかった。

新しい知識の仕入れることができない以上、この旅の間は既存のものの訓練か新たな発想を思いついて実験をするかのどちらかしかない。

後者は最悪の可能性があるから、魂を繋ぎ止めることのできるミシェルが絶好調な夜のほうがいいだろう。


「なあラルド、またなんか考え込んでるな?」

「ミシェルだけかと思ったが、アスラも察しがいいな」

「いや、お前自分じゃ気が付かねえだろうけど、考え事してる時にはいつも以上に表情動かねえし、口元を左手で覆ってるし」


笑いながら言われ、考える。

確かに俺の左手は口元を覆っていた。

他人に指摘されて初めて気が付くものが癖とはいえ、よくもまあ今まで自覚できなかったものだ。

俺は一度考えると次々と思考が飛ぶために、考え事が長くなる傾向にあるのだが、その最中ずっとだったのだろう。


「気を付けるか」

「別にいいんじゃね? 人様に迷惑かけちゃいねえし。……あー、でもまあ人と話してるときにそうやられるとこっちのこと聞いてねえんじゃねえかって不快に思われるかもな」

「む……」

「けどミシェルも私もあれだ、お前のことはわかってっからな。考え事をしてる最中でもこっちの言葉を聞いてるし、聞いてるからこそ考え込む時があるってのもな」

「本当に、ありがたいことだ」


理解者というのは、得難い。

傍らを歩くアスラは出会いこそ喜ばしいものではなかったが、この縁は喜ばしいものだろう。

願わくばこの友人にも幸せに生きてもらいたいものだ。


「にしても、ずいぶんと見晴らしがいい道じゃねえか」


アスラが周囲を見渡すようにして声をかけてくる。

茶色のローブとフードに全身が包まれているからか、日差しをよけるためにと出した左腕の肌がまぶしい。


「ああ。ここはまだ草原だからな。山の麓に近づけば森に変わって、この道も山道になる」


草原にできた一筋の道、石畳もなくむき出しの土を踏み固めたようなそれの先は山脈。

まだ遠いはずのそれが立ちはだかるかのように俺の目に映る。

上のほうが雪で白く染まり、中ほどから下は深くて濃い緑が映える。

空は青く、雲一つない。


「まったく、見ている分にはいいのだがな」

「山賊、それと魔物なぁ」

「ああ。山賊は山向こうの町へ送る物資の入った馬車を狙うことが多い。もちろん俺らのような旅人を狙うこともあるだろうが……」

「お前のそれら見て襲う奴はなかなかいないんじゃね?」


アスラが言っているのは俺が今背に背負っている大槌。

そして腰に佩いている二本の剣。

俺には召喚魔法があるためこうして装備することの利点はあまりないのだが、今回は威嚇という意味合いで装備している。

ついでに、この重量をもって旅を続けることで体を鍛えるという狙いもある。


「どうだかな」


俺は、それだけ言ってはぐらかす。

山賊は実入りの高い相手、もしくは襲いやすい相手を選別してくるだろう。

見かけ上二人旅、という時点で後者に該当する。

前者の意味では、アスラの存在により満たしている。

言われればアスラは非常に不愉快に思うだろうが、アスラの美貌はそうそうあるものではない。

人を売り買いする市場に売り払われるか、山賊たちに飼われるか。

どちらにしろ未来は愉快なものとはなりはしない。


「どちらにせよ、襲われたら逃げをうちたいんだがな」

「逃げれんのか?」

「無理だ。だからただの要望だ。どうせ出てくるというなら、魔物相手のほうが多少楽だ」

「変な恨みも何もねえしな」


魔物については、動物が魔力を得て変貌して一つの種族として確立してしまった存在だ。

繁殖でも増えるし、突然発生もするが思考は動物のそれと同じなのがほとんどだ。

ただし、例外なく食料に人間が加わっている。

元の動物が草食だろうと、それは草と人を食う。

また、なぜかはわからないが食料として人のほうを好むようで、他の物を食べてる最中でに人が通ればそっちを襲う。

厄介ではあるが、彼らの体は魔力で変質した結果として、皮が強靭だったり薬の材料に適していたりと素材としてはいいものになる。

それを売って生計を立てているのが冒険者、とも呼ばれている職業だ。


「補充は十二分にしてきたから、何回か連戦も凌げはするだろうけれどもな」

「や、お前。その過少報告はやめろ。個数だけなら四百だかあったろ、武器」

「ほとんどがナイフと鉄丸だがな。それにしても、よく覚えていたな?」

「ああ、一年前だかに一回全部出したろ? あの時に心底、『こいつ馬鹿じゃね』って思ったからな、それで印象がついてんだよ」


俺の召喚魔法は、収納したもののうち特定の何かを召喚する場合はその物を俺が把握していないと行使できない。

つまり、収納したまま忘れてしまった場合取り出せない。

ただその場合でも、収納したものをすべて出すということだけはできるため、定期的にそうやって整理しないといけない。

忘れてとんでもないものを収納しっぱなしということもある。


「何があるかわからないからな」

「その言葉にも心底同意するけどな」


その言葉を最後に黙々と歩き続ける。

ミシェルもおそらくは様子を見はしつつ、元の体に戻って読書などを行っているだろう。

延々と歩き続けるのを眺めるだけ、というのは退屈だと言っていた。

ただ、緊急時はわかるようにしてあるといっていたので何かがあったら来るだろう。

途中、昼飯代わりの干し肉を二人で齧りつつ、気が付けば、空は茜に染まりつつあるころ。

この分ならば夜になる前に、この先にある小さな町には着くかと思った矢先に、強い風が吹く。

風が吹いて黒髪が揺れる、それを手で押さえつつなんとなしに風の吹いた方向を見る。

俺の腰ほどに背のある草が揺れる。

その合間に、何かが見えた気がして目を凝らす。


「どうしたラルド?」


そこにあった、いや。

そこに隠されたものが何かを理解して、俺は思わず拳を握りしめる。


「気持ちがいいものではないな。アスラは見ないほうがいいかもしれんぞ」

「お前のその言葉でわかっちまったよ」

「すまん」

「気にすんじゃねえよ」


二人、道を外れてそちらへ向かう。

そこには、傷だらけになって事切れた男の姿。

見覚えがあるそれは、サラードの町まで送ってくれた家族の父親。

脳裏に浮かぶのは、幌馬車の中での会話。

今まで住んでいたところよりは寒いところだけども慣れるだろう、と笑っていた父親。

寒いの嫌だからくっつくよ、と母親の膝の上に乗る娘。

仕方がない子ね、と膝上の娘を抱きしめていた母親。

そんな幸せな家族は、もう俺の記憶の中にしかない。


「うわ、矢が撃ち込まれた痕とかあるし、刃物でも切り刻まれてんじゃねえか。甚振られたか?」

「……だろうな」


静かに目を瞑り祈りを捧げる。

わかっている、こういうことがある世の中だと。

たとえ幸せを求めて生きていても、誰にも迷惑が掛からぬようにと生きていても。

何かを守るために戦っていたとしても、多くの人に慕われていたとしても。

人は死ぬ、そして死にそうになった時に助けてくれるなんてことは、ない。

この世界の人間にそれを期待するだけ、無駄だ。

何故ならば、俺と両親は。


「ラルド!」


叫ぶような声が響く。

美しいそれが、黒く醜い感情の淵から俺を再び引き戻す。

一緒に行動しているときに幾度かあったが、そのたびにアスラかミシェルのどちらかにこうして意識を引き戻されていた。

ミシェルがついてくるのは、本人の見聞を広めるためだとか、旅人として世間を見ること、経験をつむことを目的としている面もあるだろう。

だが実際は、不安定な俺を見かねてのことなのかもしれない。


「悪い」

「お前はわかりやすいからな、本当。で、もしかして見知ったやつだったりするか?」

「ああ。サラードの町まで馬車に乗せてくれた家族の、父親だ」

『……兄さん、この付近に母親と娘さんの姿はなかったよ』


ミシェルの声が響く。

どうやらいつの間にかにこっちに来て付近を見てくれたようだ。

さて、ここにこれがあるということの意味を考えねばならない。

事実を当てる、ということはできない。

だから最悪の予想を積み重ねる、それに警戒をして無駄になったとしても命には代えられないのだから。


「まず、人の手だとしたら野盗の可能性が高い。そして、母と娘の姿がないならば連れ去られたということだろう。そして人を連れ去るというならば足と拠点があるはずだ。足については幌馬車を鹵獲、そして拠点についてはわからないが、その町で目撃者を探せばいい」


どちらにせよ、目撃されているはずだ。

そしてそうでないというのならば別のところに拠点がある。

最悪その町のどこかにある可能性がある。


「またかよ、ちくしょう」


思わずこぼれたアスラの言葉に、俺は何も返せずに拳を握りしめる。


『なら私が偵察しようか?』

「悪いが頼む」

『気にしない、私もそれならどうにかしないとって思うし。それにほら、私だって戦いとかと無縁でいられれはしないだろうしね。いるつもりもないけど』

「わかった」

『だから、アスラ。兄さんのことよろしく』

「おうよ、引き受けた」


一つ息をつく。

激情は力にもなるが鈍りにもなる。

故に、俺は教わった通りに心のうちを静める。


「……大丈夫だ、アスラ」

「みてえだな。なら、急ぐか?」

「そうだな、埋葬してやれんのは心苦しいが」

「後で、やってやろうぜ」

「そうだな」


歩き出すその前に、亡骸に目を落とす。

本来であれば、自分に関係のない相手がどうなろうと俺は知ったことではない。

無関係の誰かのために命を張ったりするような善性は、持ち合わせていない

だが、助けた子とその家族だ。

無関係、とするには交わした言葉があってそれらが許してはくれない。

傍らのアスラは何も言わない、だが確実に怒りを抱いているのだけはわかる。

だから。


「できることをやる、それでいいな」

「ああ、それでいいぜ」


亡骸に目を落とす。

18年ほどしか生きていないであろう自分が、何を思うのかとは思うが。


「……貴方の役目の一部、俺が背負う、そう決めた」


自分のそれですらできていない半人前でも、生きているのならばできることはあるのだろうと信じて。

ただ、歩を進める。


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