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黒鉄の旅人  作者: 狩咲
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北の町へ その2

飲み食いが終わりアスラと別れた後、俺はこれからの旅に必要な物資を買いつけた。

結構な量の荷物になったが、すべて俺の魔法で収納したため悩まされることはなかった。

その後、宿をとり、今はベッドに転がっている。


「コンラード、か」


宿の自室、その天井を眺めながらぼんやりとつぶやく。

覚えている範囲でコンラードの街の情報を思い出そうとする。

とはいえ一言で終わる程度だが。


「……エラルド山脈の麓にある町。付近の遺跡の個数はそれなりに、有名なところだとラン遺跡だが。傾向としてはアンデッド、氷河狼など基本的には低温域に住んでいる動物や魔物が出現する、か」

『ついでに言えば、この時期はいいけど普段は吹雪にあったら大変だね』

「む、ミシェル。こっちに来たか」

『うん。アスラに会えた?』

「ああ、相変わらずだったが」


響く少女の声は、俺の義妹であるミシェルのもの。

その声に俺はベッドに寝転がったまま答えるが、周囲に人影はなく、あるのは窓から差し込む夕日の光だけ。

この状況は、ミシェルが扱う魂魄魔法によるものだ。

ミシェルの体は原因不明の症状により、家の門まで歩くだけでも倒れかねないほどに体力を消耗している。

だが、体はそうであっても魂まで消耗しているわけではない。

そこでミシェル本人の希望もあり、この旅には魂だけで同行している。

食事は生身の体でしかできないので食事時のみ元の体に戻り、終われば魂だけで俺のところにくる。

俺のもとに来れるのは、魂を保管する道具のようなものがあり、それに印をつけているのだとか。

詳しい原理については聞いていないが、ともあれ俺の元へならば即座に移動できるようだ。


『私も会いたかったな』

「この後の予定について夜に話すことになっている」


体と魂は魔力により結びついている。

だが、これは人が保有している魔力すべてを使って結びついているわけではなく、ごく一部を使って結びつきを維持している。

そのため、全体で十の魔力があり1の魔力を体と魂の結びつきに使用していた場合、九までならば魔力を消耗しても問題はないが十まで消費した場合には体と魂の結びつきが解放され、死ぬ。

魂魄魔法は、この魂と体を結んでいる魔力を操作したり、魂に付与を施す魔法が主となる。

今ミシェルは体と魂の結びつきはそのままに、魂に視覚と聴覚を付与して体から魂を引き離している。

さらに声帯機能も疑似的に作り、会話を可能としている。

ミシェル曰く、一点特化で極めたから普通の人には真似できないと思う、らしい。

その魔法でどこまでの範囲のことが実際にできるかは、どれだけその魔法を使ってきたかによるところが大きいから、納得だろう。


『私を気遣ってくれたんだね、アスラ』

「そのようだ。相変わらずだ、本当にな」

『うんうん』


魂魄魔法はどうやら月と密接な関係があるらしく夜になると総じて威力や性能が上昇する。

ミシェルの場合は、ミシェルの今の姿を青白い光で形作り相手に触れたりすることができるようになる。

アスラが夜に、といったのはミシェルと触れ合える時間にまた来る、ということだ。

なぜ月と関係があるのか、という観点から見てみればこの魔法についても何かわかるのかもしれない。


『ところで兄さん、今の受け答えの途中から魔法について考えてたよね?』

「ああ。魂魄魔法は希少だからな、興味深いのは否めん」

『そのせいで人造聖剣にもなってないしね』

「人造聖剣を作るには元となる魔法の込められた聖剣の研究が必須だからな。出土数が多ければ多いほど作られる可能性は出るだろうが……」

『望み薄、だね。私みたいに契約できちゃう場合もあるし』


聖剣、魔剣は誰でも契約できるわけではない。

その剣に篭められた魔法との相性がいい者が契約できる。

そして契約した剣は魔力となり、契約した人……契約者に流れる魔力と同化する。

契約者が保有する魔力がその魔法に適したものへ変わり、契約者が生み出す魔力もまたそれに変わる。

対して、人造聖剣はその名前の通り、出土された聖剣を模して造られた聖剣で誰でも使えるようにと設計されたものだ。

契約する際の制限は一切ないが、契約しても剣は魔力と同化せずに形が残る。

元となる聖剣と契約するよりも最終的に使用できる魔法が少ないのも、ここに起因すると思われる。

人造聖剣という道具を介して魔法を行使する、というのが実際のところだろう。


「契約した場合、契約者が死ぬまで解除されないからな。人造聖剣は別だが」

『厄介な特性だよね、本当』

「厄介な特性、といえば俺も抱えているがな。お陰で定番の魔法も使えん」


それは俺がミシェルの義理の家族になった原因が関わってくる。

俺と家族の乗っていた馬車が崖から転落し、馬車の下敷きになって両親が死亡。

俺も重傷を負い死の淵をさまよっていたが、そこをミシェルの家族に救われ、さらには身寄りのない俺を義理の息子として受け入れ、育ててくれた。

その奇跡に近い巡り合わせの代償は、俺の体に残ったいくつかの欠陥。

転落の時に負った傷が魔力の流れに影響を与えた結果、人造聖剣を使用できない、などの欠陥を生じさせた。

もしも人造聖剣などの俺の体以外のものを介して魔法を行使しようとした場合、俺の体は破壊される。

過去に一度やむを得ずに使用したが、両腕と両足に無数の裂傷が発生し、出血で気を失った。

すぐに治療をしなければ俺は間違いなく死んでいた。


『……今度使おうとしたら、殴ってでも止めるからね』

「そうそう使わん。そもそも行動の選択肢には入っていない、緊急時を除いてだが」

『絶対、じゃないのが兄さんらしいね。で、魔法についてなんか思いついたの?』


俺が魔法について考えこんでいるときは、召喚魔法の範囲内で攻撃などに転用できないかどうかを思案することが多い。

人造聖剣が使えないということは、召喚魔法の欠点である攻撃と防御能力の欠如を他の魔法で補うことができないということ。

そのため俺は、召喚魔法でどうにかその欠点を解決できないかと旅を続けながら研究をしている。

ミシェルは俺が魂魄魔法について考えていたことから、それから何かの発想を得たのかと思ったのだろう。

だが、聖剣や自分の欠陥について振り返ってみてもそんなものは思いつかなかった。


「いや、そうそう思いつかない。精進あるのみだな」

『なんか最近の兄さん、口調と相まって堅物なイメージがつきつつあるよ?』

「魔法の修練に体の鍛錬は怠れん。伸びしろがまだあると思えているうちにはなおさらだろう。あと堅物なのは否定するぞ。ジークの兄貴を見てみろ、あれが堅物だ」

『私、ジーク兄さんのことはどこかの教本の生まれ変わりだと思ってるから』


哀れ、ジークの兄貴。

実の妹からもそんな評価とは。

ベッドに横になったまま、だがその評価が変わることを真摯に祈らせてもらおう。

もっとも俺の脳裏に浮かぶ尊敬すべき義兄は、正当な評価だと真剣な表情で言いそうなところがあるが。

ふと横を見ると、窓から差し込む茜色の光が消えていた。


「日が沈んだか、そろそろか?」

『ん、そうだね。合流ってどっちの部屋?』


ベッドから体を起こし、部屋を見回す。

ベッド以外にはテーブルが一つと椅子が二脚しかない簡素な部屋だ。

その椅子に向かい歩きながら、ミシェルの問いに答えを返す。


「俺の部屋のつもりでいる。ここの店主にアスラに伝言を頼んでいる」

『なるほど。同じ宿にしたんだね』

「そのほうが合流がしやすいからな。宿の値段も悪くはなかった」

『なら今のうちにっと』


仄かに青い光が灯る。

顔を向ければ青い光で形作られた少女の姿。

長い髪は腰ほどに、ワンピースに包まれた体は相変わらず華奢だ。

毎日体を一定量動かしているらしいので、完全に体が衰えることはないとわかっていても不安になる。


「よし、うん、こんな感じかな」

「ふむ、かわいいな、ミシェル」

「ありがと、兄さん」


顔立ちは幼く感じるかもしれないが、それが可憐だとかそう言った言葉に繋がる造形となっている。

本来の色彩は、金髪に薄い赤の入った瞳だったはずだ。


「あとはアスラが来るだけかな」


椅子に腰を下ろしてから、ドアのほうに視線を向けると丁度よく、ノックの音が響く。


「座ったばかりなんだがな」

「今まで横になっていたでしょ」


ミシェルの言葉には聞こえないふりをしつつ、立ち上がりドアを開ける。

そこには昼に出会った茶のローブに身を包んだ人影。


「改めてみると不審者だな」

「おいこら人様呼びつけておいて不審者とはいい挨拶じゃねえか」


思ったことを素直に口にしたら凄まれた。

そのまま部屋に迎え入れると、ミシェルがアスラに向かって笑顔で抱き着いていた。


「アスラ、久しぶり!」

「おう、ミシェル久しぶり。こんな口調で悪りいな」

「ううん、いいっていいって。元気だった?」

「ああ。怪我はあったが致命的なのはねえし、病気もしてねえよ。冒険者としてもそれなりに経験は積めたぜ?」


同年代の同性とのかかわりが少ないミシェルにとって、アスラは数少ない友人だ。

嬉しいのは当然だろうし、ミシェルが嬉しそうにしているのは俺としても喜ばしい。

アスラにとってみても、ミシェルは貴重な友人だろう、同じく笑顔が浮かんでいる。

他人の胸中のすべてを察することはできないが、傍目から見てアスラも喜んでいるようだ。


「……本当に、よかったな」


一人、聞こえぬように零す。

この光景が見れない可能性があったことを、思い出す。


「それで兄さん、これからどうするの?」

「ラルド、さっさと決めること決めんぞ。あまり長居して宿の女将から意味ありげな視線をもらいたくねえし」


そのまま思いを馳せようとしていた俺は、二つの声で今に引き戻される。

大事なのは、今だ。

それは変わらない。


「ああ、分かった。」

「コンラードまでの馬車は今は出てねえからな、足の話からしなきゃいけねえからさっさとやんぞ」

「いっそ買っちゃう?」

「馬の世話とか考えると面倒じゃねえかそれ?」


アスラとミシェルの言い合いにどう加わろうと思案しつつ、いつの間にかに座っていたアスラの対面へと座る。

さて、俺の腹が減るまでには決着がつくといいのだが。


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