北の町へ その1
11/14 0:26 表現などを変更しました。大まかな内容に変更はありません。
俺達の目的地、サラードと呼ばれる町の入り口で彼らの乗った幌馬車が去っていくのを見送った。
遺跡から出た後、助けた女の子の家族がお礼にと幌馬車で送ってくれたのだ。
「夜になる前に無事につくことを祈ろう」
『そうだね』
彼らはどうやら引っ越しの最中らしく、目的とする街はまだまだ遠い。
日が真上に差し掛かった今からでは夕方につくかどうか、といった場所だそうだ。
「さて、人の心配もそうだがまずは自分の心配だ」
そう口にして意識を切り替える。
目的はこの町で知り合いとの合流。
日の高さから見て、待ち合わせた時間はもうすぐといったところだろう。
足早に街の門へと向かう。
「そういえば、ここはしっかりと門があったな」
町を囲む壁に作られた門には守護する衛兵が二人。
主に獣や魔物と呼ばれる魔力を得てしまった獣に対するものとしているため、別に身分を掲示したりする必要はない。
とはいえども、何もしないで通るのも落ち着かないため、頭を下げて通ろうとする。
「一人旅ですか?」
年若い衛兵が笑いながら声をかけてくる。
「ああ。気楽な旅だ、と言いたいところだったがな」
視線を自分の左腕に向ける。
左手から肩近くまで包帯による手当てが施されているそれは、動かそうとするたびに痛みを訴える。
それから年若い衛兵を見れば、俺の視線につられて彼もまた左腕に視線をやったようだ。
気遣わしげな表情を浮かべてこっちを見ている。
「この通り、腕を痛めてしまった。いい薬屋を知っていたら教えてくれ」
「それなら、町の南地区にある”ガラドーレの魔女窯”がお勧めだ。値段も効能も様々な薬がそろえてある」
俺の左側、年若い衛兵とは逆の位置に立っていた年配の衛兵が答える。
「ありがとう、寄らせてもらう」
そう告げてから、再び頭を下げて門をくぐる。
下げた頭を上げれば、目には活気のある大通りの風景が飛び込んでくる。
街の門を結ぶように一本の大通りがあり、それがこの街の中心。
そのためか、布の屋根を持つ簡素な屋台が立ち並び、売り子の声が響く。
ふと見れば、子供たちが石畳をかけてはしゃいでもいる。
年若い女性二人が何やら楽しそうに道端で話している光景も見える。
「嫌いではないが、な」
人が活き活きとしているのを見るのは嫌いではな。
しかし、この街に寄ったのは人に会うためであり、相手を待たせるのは申し訳ない。
同じ理由で、薬屋に寄るのをあきらめ、大通りから横道に入る。
南門をくぐって右の細道に入ればすぐに看板が見えたはずだった、と記憶している。
不安に思いながらも歩き続ければ、"琥珀色の夢"と書かれた金属製の看板が軒先につるされているのが見えた。
「記憶違いではなかったな」
安堵をしつつ、酒場のドアを開ける。
鐘の音が一つ音を立てれば、その後に耳に届くのは酒場特有の賑やかな声。
ドアを閉め、酒場の中を見渡す。
屈強な男達が地図とにらみ合っているテーブルもあれば、別のテーブルでは一人の男が静かに腕を組み座っている。
また別のテーブルでは、皮の鎧に身を包んだ軽装の剣士と思われる女性と、物腰の柔らかそうな金属鎧に身を包んだ男が和やかに話している。
酒場がにぎわっているのは喜ばしいが、この場合待ち合わせをした相手を見つけるのが難しいということにもつながる。
「見つからないな。さて……」
酒場のカウンターに視線をやれば、そこには金髪碧眼、質素だが頑丈なエプロンに身を包んだ女性がこっちを見ていた。
知らない中ではないため、頭を軽く下げれば彼女は笑ってから、ある方向へと視線を向ける。
その視線を追えば茶のフード付きマントに身を包んだ人物が一人佇んでいる。
目的の人物だろう、店主に再び礼を返してからそのテーブルに近寄る。
すると、向こうも気が付いたのか顔をこちらに向ける。
「よう、遅かったじゃねえの」
「多少騒動に巻き込まれてな」
「はは、なんだよ今度は騒動でも運んできたかよ、”運び屋”」
「そのつもりはないのだけどな。それに運び屋を主な仕事にしたことはない、加えて言えばそう呼んでるのはお前だけだ」
ため息を一つ、フードから垣間見える顔を見返しつつ対面に座る。
そこにあるものを詩人が歌うのならば、青玉に劣らぬ輝きを持つ碧眼、星の煌きの如き銀の髪、整った造形は女神を表すかのよう、だろうか。
言葉を一切飾らないのであれば美人だといえるが目の前の美貌の持ち主はそれらの言葉を嫌う。
「へぇ、そうかよ。で、どうする? とりあえず酒とつまみでもかっくらうか?」
「昼間からか?」
「どうせこの後何をするでもないだろ? まさかすぐさまここを発つとは言わないよな?」
まるで男のような言葉を使っているが、声は女性のそれ。
甲高いと感じないその声は、妹がいつまでも聞いていたいと言うのも納得だ。
もっとも、多くの人はその口調に違和感を覚えるのだろう。
「しばらくは居る」
「じゃあ決まりだ」
手慣れた様子で近くの給仕の娘を呼び止めてエールと一品料理をいくつか注文する姿を眺める。
最後にあったのはどのぐらい前だったか、と思い返しそこまで離れていなかったかとも思う。
「で、だ。左腕どうした?」
「……何でもない、気にするな」
いわれて顔を思わずしかめる。
これは俺の配慮不足だ。
目の前の人物相手に痛めた体を見せれば何を言われるか、わかっていただろうに。
「おいおいおい、わかってんだろ? こっちはお前に返さなきゃいけない借りが山ほどあるんだぜ、ラルド」
「それは借りでも何でもない。助けられたのはこっちだ。だからこそお前の手を煩わせたくない」
「気遣ってくれるのはうれしいが、あまりに過ぎるとこっちが困んだよ。……こっちは平気だ、気にすんなっての」
その様子には、前に見られたような陰はなかった。
彼女は自分の持つ魔法についていい感情を持っていない。
おそらくは今もそうだろう、だが平気だといった彼女はこっちをじっと見つめる。
その視線はまっすぐ、俺を貫いた。
それに気圧されて、うめくように口を開く。
「……わかった」
「余計な気をまわしすぎてんだよお前は」
運ばれてきたエールを左手で受け取りながら笑う彼女。
そして彼女の右手は俺の左肩を軽く叩く。
途端、左腕に走っていた痛みがすべて消える。
「悪いな」
「気にすんなっていってんだろ?」
同じく給仕からエールを受け取る。
そしてテーブルの上に置かれる肉と野菜を炒めたものと肉の串焼きが盛られた皿を眺めてから、二人笑いあう。
「さて、とりあえずは無事な再会を祝って」
「ああ。乾杯だ」
ジョッキを合わせ、互いにエールに口をつける。
ついジョッキの中ほどまで飲んでしまったが問題はないだろう。
アルコールには強いほうだ。
「さてと、酒を飲みながらだけどこっちが聞いた話を伝えておくぞ。これからどうするか、については夜のほうがいいだろ?」
「ああ。頼む、アスラ。ミシェルを助ける手掛かりが欲しい。家から一歩も出れない状態でこの先も過ごさせたくはない」
「こっちも同じだ。お前等に恩を返すっていう意味もなくはねえが、友人を助けたいって思いもあるんだぜ?」
俺の妹、ミシェル。
彼女の体は極端に弱っており、家から出ることがかなわない。
正確には家から出るぐらいの移動を行った場合、倒れる。
その原因は不明。
病だとしたら俺にも他の人にも影響が出ているはず。
一本聖剣と契約をしているが魔剣でもなければ代償は発生しない。
ならば誰かから魔法をかけられたか……となるがこれを判断する手段が存在しない。
回復系の魔法を使っても意味がなかったからこそ、妹の症状と同じものが記載された文献。
もしくはそれを解決に導く何かを求め、俺は旅を続けている。
「ここから北に小さな町がある。確か……」
「コンラードか。山の麓にある街だな。特産物は、エラルド牛と琥珀細工だったな」
エラルド牛は食肉に適した牛でなかなかに野性味あふれる味が特徴だったと記憶している。
「さすが。どうにもその山から遺跡の入り口が出たらしい。中を見るとどうにも本を多く収めた場所が見つかったらしくてな」
「なるほど、その蔵書が狙いか」
遺跡は旧世代の住居が埋もれてしまったものがほとんど。
何らかの理由で滅んでしまったと思われるがが、当時の人々は魔法に対する知識が深く、聖剣や魔剣と契約せずとも魔法を使えたという。
魔法以外の知識についても今では失われてしまったものがそこにある可能性は非常に高い。
「その通りだ。ま、できればその遺跡に聖剣か……魔剣がありゃいいが」
「そうだな。だが、そううまくはいかんだろう」
肉野菜炒めをつまみ、エールで流し込む。
うまい、左腕を治してもらえて助かった。
「夢がねえな?」
「夢を見て生きていられるならばいくらでも見るがな」
肉の串を右手に握り口に運ぶ。
咀嚼するたびに肉汁が口の中に溢れ、たまらずエールに口をつける。
「そうか。……お前の体を治す手段も見つからないか?」
「別に治さなくてもいい。ミシェルのほうが優先だ。命に関わるわけでもない」
「今はな。だけどお前、それは絶対にどうにかしねえといけないからな?」
「ああ。わかっている。いつまでもミシェルに甘えてばかりでは情けない」
この体にあるいくつかの欠陥を思って、笑う。
その欠陥は悲劇の証でもあるが、それがなければ俺は今ここにいなかった。
「だったらこっちに甘えてもいいんだぜ? 貸しと相殺してやっから」
「だから借りはあっても貸しはないと言っただろう」
「お前なあ……ったくこりゃ不毛だ。話変わるけど今回の情報代として私もついていくからな」
「どこが代金だ」
「うるせえ、こっちが借りって思ってんのをそれで返したってことにしたいんだよ。大体な、信用できる同行人は少ねえ。せっかくの遺跡探索だ、乗らない手がねえだろ?」
最後は彼女の都合を言っているようにも思えるが、その実こっちを気遣っているのがわかる。
本人は嫌がるかもしれないが、治癒魔法の魔剣の適正があるのも頷ける話だ。
「助かるのは事実だし、仕方がないな」
「一つ頼むぜ?」
笑う彼女に俺は苦笑しか返せなかった。
……何しろ、肉野菜炒めも肉の串もすでに消えていたからだ。
俺、二口と一串しか食っていないのだが。