第80話 「至らない技術と補う発想」
「やぁ、何か面白い物は見つかったかい?」
上層に戻り、適当に歩いているとグレンを見つけた。
窓際で本を読んでいるらしい。
「えーっと……、とくには無かったです……」
「そうだよね、意外と上は狭いしねぇ」
グレンは読んでいた本を閉じ、にっこりと笑った。
「実は何回か下層のほうに乗ったことがあるんだけど……。
上層よりもずっと広くて、いつでもホールには料理が並べられているんだ!」
「あ、へへぇ……、凄いですね行ってみたいなー。
あぁ、そうだグレンさん、私ちょっと自分の部屋に居ますね」
何ともいたたまれない気持ちになった為、そそくさとその場を後にした。
狭い自室に戻り、椅子に座る。
下層に行ったのはやり過ぎたかもしれない。
しかも一人の人間にバレてしまった。
やっぱり、あれだけ料理を食べるのは目立ったのかもしれない。
天界の図書館で見た本を思い出す。
主人公が透明人間になり、あれやこれやとする本だ。
ごはんをたくさん食べたり、人にイタズラしたり……。
イイね、透明人間。
魔導書を取り出し、『透明人間になる魔法』がないか探してみる。
…………
……
さすがに無かった透明人間になる魔法。
けれど、『集中されなくなる魔法』というのを見つけた。
まぁ、これでいいか。覚えてみよう。
紙とペンを取り出し、魔法陣を写し始める。
何枚か書いてから、ふと手を止めた。
空間に直接描く練習しないとなぁ。
港街であった騒動の原因は、私が魔法陣を生成したところを見られたからだ。
必要のない争いを避ける為に、魔法陣を空間に描けるようにしておいた方がいいだろう。
それに空間に描けるようになれば、わざわざ暗記しなくても魔導書を片手に魔法陣を描ける。
指先に魔力を込め、空間に直接魔法陣を描いてみる。
大切なのは、描いたところを『意識』するということだ。
『意識』を外してしまうと、途端に形が崩れてしまう。
ゆっくりと描きあげ、何とか一つ完成した。
間違っているところが無いか、魔導書と見比べてみる。
……完璧だ。
そう思った矢先、魔法陣が僅かに歪み始めた。
慌てて手直しをするが、今度は文字が歪む。
直す、歪む、直す、歪む……。
何度か繰り返すうちに、魔法陣は暗記できたのだが、どうしても完成させることが出来ない。
終いには、陣が歪んでいるのかどうかも分からなくなってしまった。
仕方がないので、見本となる魔法陣を生成しその上をなぞって空間に魔法陣を描く。
まるで天使の頃にやって文字の勉強の様だ。
薄く見本の文字が描かれたものを、鉛筆で何個もなぞって練習するあれだ。
「懐かしいな~」と思いつつ、魔法陣を描き上げ、見本の魔法陣を消した。
見本を消したのが分からないくらい完璧だ。
よし、さっそく魔力を込めてみあぁ崩れる崩れる。
……やっぱりだめだ。
どうしても描き上げた魔法陣を維持することが出来ない。
机に突っ伏して唇を噛む。
しっかり意識してるつもりなんだけど、どうしても維持できない。
ため息を吐きながらもう一度、空間に魔法陣を描く。
どうしてもこの技術は完成させなければいけない。
描き上げた魔法陣に、見本となる魔法陣を生成して重ね合わせる。
ほんの僅かな歪みも許さない。
しばらくの間、魔法陣とにらめっこしていると、不意に部屋の扉がノックされる。
驚いて扉のほうを向くと、扉越しにグレンの声が聞こえた。
「リッカー?
遅くなったけど、お昼ごはん食べに行くかい?」
「あっはーい!
行きます、行きます!」
もうだいぶ時間が経っていたようだ。
魔法陣を描く練習はまたあとでにしよう……。
そう思い、振り返ると描いた魔法陣が変わらずそこにあった。一切歪みはない。
ノックに驚いたことと、グレンとの会話。意識は完全に魔法陣から離れていた。
完璧じゃんと思いながら、魔法陣に意識を向けて落胆した。
これ、『生成』したほうの魔法陣だ。『描いた』方は跡形もなく消えている。
諦めて昼食に向かおうと思った時、ふと閃いた。
魔法陣を宙に描き、完成させる。
完成した魔法陣の上に、生成した同じ魔法陣を重ねる。
描いた魔法陣が歪む前に消す。
あとに残ったのは、歪むことのない生成した魔法陣。
……我ながら完璧だ。
根本的な解決には至ってないが、傍から見れば魔法陣を描き上げたように見える。
まぁ、ひとまずはこれでいいや。
昼食がてらグレンにお披露目しよう。
そう思い、意気揚々と部屋を出た。




