第66話 「大人買い」
宿屋が一つ吹き飛んだとなれば、もちろんそれなりの騒ぎになる。
人だかりに釣られ、宿屋に行ってみるとそれはそれは酷い有様だった。
宿屋だった建物の前には、宿主のおじさんがしょんぼりと座っている。
その隣に、銀貨などの硬貨が積み重られている。
誰かが慈悲の気持ちで置いているんだろう。
このような有様になってしまったのは、私の責任でもある。
せめて、謝罪の声でもかけようと右往左往していると、グレンに引き留められた。
「気持ちは分かるが止めておいたほうがいい。
今、ここで声を掛けるのは目立ちすぎる」
確かにこの人だかりの中、一人で声を掛けるのはかなり目立つ。
それに、いつ私がボロを出して天空人だとバレるかわからない。
気持ちを抑え、その場を後にした。
宿屋が一つ吹き飛んだだけでは、世の中なにも変わらないらしい。
昨日見たのと同じ景色が、港街には広がっていた。
「そういえば、グレンさん。
『スペシャルなパワー』をお見せしてあげましょう!」
「本当かい?
よし、ドンと来てくれ」
「グレンさんは喋らなくて大丈夫ですからね。
えーっと……、グレンさんが買いたいものはなんですか?」
「……」
神妙な顔つきのグレンに対して、テレパシーの回路をつなげる。
(特にないなぁ……)
(特にないんですか)
わざとテレパシーで答えてみると、グレンが驚いた顔をする。
「い、今のはリッカかい?」
「ふふっ、そうですよ」
愉快愉快。
天界じゃこんな反応は見れない。
「君たちはみんな……こんなことができるのかい?」
「まぁ、できるんじゃないですかね?
できなきゃ仕事にならないです」
得意げに言ってから、少し口が滑ったことに気が付いた。
テレパシーを使う仕事ってなんだいかがわしい。
「仕事……? テレパシーを使う仕事か……」
酷く悩んだ顔をしていたが、珍しく質問をしてこなかった。
変な勘違いをしていなければ良いが……。
「か、買い物行きましょう。
紅茶を買いたいんです!」
「あ、ああ。分かった。
茶屋は確かこっちのほうに……」
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なんとか会話を取り繕いながら、茶屋に辿り着いた。
中に入ってみると、非常に香ばしく、良い香りがした。
「リッカはなんの紅茶が好きなんだい?」
「えーっと、確かダージリン……じゃなくて
んーっと、ダージリン!じゃないです!
あれ? ちょっと待ってくださいね」
昔、エリカにダージリン紅茶を飲ませた時に
エリカの言う『ダージリン』のイントネーションがとても変で、耳にこびりついてしまった。
そのせいで、いつもお気に入りの茶葉の名前を忘れてしまう。
「なんか、独特な香りというか、クセがある紅茶です」
「あぁ、それじゃあフレーバーティーかな」
グレンに手招きされ、一つの棚に移動する。
「どんな香りとかわかる?」
「うーん……、なんの香りでしょうねぇ」
「じゃぁ、一つずつ調べてみようか」
グレンが棚に並べてある小瓶を一つ一つ渡してくる。
瓶の中には、少しだけ色のついた液体が入っておりそれが匂いを発している。
「これじゃないです、これでもない
なんか、こんなに甘い香りじゃなかったです」
「なるほど、柑橘系のほうかな?」
次にオレンジ色の液体が入った小瓶を渡される。
「あっ、こんな感じです。近い近い」
「それじゃぁ、きっとこれでしょ」
最後に薄い緑の液体が入った瓶を渡される。
まさしく、ちょっと強いがこの香りだ。
香りを嗅ぐと共に、名前を思い出す。
「これです!これ! アールグレイ!」
「さっきの『ダージリン』もたぶんそうだけど、お茶の呼び方が違うみたいだね。
僕たちはこれを『チャイーヌ』と呼ぶんだ」
世界が違ければ呼び名が違くてもおかしくない。
まぁ、そんなことは気にしない。
同じものがあっただけ万々歳だ。
『チャイーヌ』が入った大箱をたくさん抱え、会計所へ向かう。
少しオマケしてもらって金貨1枚。
良い買い物をした。当分紅茶には困らないだろう。
グレンに手伝ってもらいながら裏路地に運び込み、人目を気にしながら魔法庫にしまった。
さて、次はどこに行こう。




