第583話 「早期帰還」
出撃には小型衛星発射装置を用いるため一瞬で地上に出るが、逆に地上から基地へ帰るときは面倒だ。駅から電車へ乗り、迷路のような地下通路を進むためどうしても時間がかかる。移動中に簡易な昼食を済ませて基地の自室にたどり着く頃は、昼寝にちょうど良い時間帯だ。
ほんの少しだけまどろみながら部屋の角を見上げると、相変わらず設置されている監視カメラがあった。もう少しでこの世界に来て一か月になる。その間、かなり人間側に貢献してきたと思うが、まだ監視は続けられている。私たちの事情を知るイナガキのおかげで簡単な魔法なら人前で扱えるほど自由にはなったが、いささか窮屈だ。
隣の部屋のドアが開き、歩き回る音が聞こえる。シャワーを浴びたグレンが帰ってきたようだ。壁をドンドンと叩き、顔を近づける。
「グレンさんー。お昼ご飯を食べに下の街へ行きましょうよー」
「さっき食べただろう?それに付添人がいないと手続きをしているうちに夕飯時だよ」
「じゃあ夕飯を食べに行きましょうよー」
「それならアイアン部隊を待ってから行こう」
マーカスたちアイアン部隊も私たちと同じようにテック社の発電所を襲撃して回っている。しかし、彼らは空も飛べないし襲撃も慎重だ。時間がかかるため今日帰ってくるかもわからない。
何度か私たちが合流することを提案したが、そのたびに却下されている。ある時、「君たち二人の力に慣れたら、居なくなったあとが怖いからね」とイナガキに耳打ちされたことによって理由を知った。確かに私たちは魔王を倒せばこの世界からサヨナラだ。すべての敵を倒すわけではない。イナガキの見通しの広さに驚き、そして自分の甘さに恥じた。
この世界の住人はしっかりと未来を見据えている。だから安心して「使われている」。私が頭をひねって魔王を討伐するより、良い未来が訪れると信じている。
「……じゃあ私は射撃練習場で時間つぶしてますね」
「僕は剣を磨いてるよ」
鞘から剣が引き抜かれる音が聞こえる。あの剣は私が『想像』したものだから汚れることも傷付くこともない。それでも磨くのは癖なのだと言っていた。
部屋から出てノーフォック基地の廊下を歩く。少しずつ顔も知られてきたため、すれ違いざまに声をかけてくれる人もいる。余計なことを喋らないように微笑みだけを返すように心がけていたら、何かあだ名をつけられているらしい。「ポンコツ」とか酷いあだ名でないことを願っている。
射撃練習場へ向かう古いエレベーターに乗りこみスイッチを押すと、いつも通りガタガタと音を立てて動き始めた。




