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第580話 「ジベレリン処理」

 中央区の住宅街から離れたところに見える一件の古屋敷。

 いつもの様に降り立とうとした時,違和感に気が付いた。

 ……つい先日には2階ほどの高さだった裏庭に生えている木の背丈が,今はゆうに屋根を越えている。

 生い茂った葉は屋根の1/3ほどを埋めており,古屋敷をより古めかしい雰囲気へと装飾していた。

 裏庭の管理はリッカが創り出したイラが担っている。

 この異常成長にも関係があるはずだ。


 屋敷の中に入る前に裏庭へ回り込み,イラの姿を探す。

 どうやら異常なのは庭の中央に生えている木だけのようで,ほかの植物は丁寧に管理されていた。

 ……とは言っても中央の木は幹が太く成長しており,傍らに置かれていた木のベンチは花壇の中へと押しやられており,ブランコもどこかへと行ってしまっている。



「……イラ? どこに居るのですか?」



 いつもなら声をかける前に出て来てくれるのだが,今日は反応がない。

 胸騒ぎを感じ,少しだけ声を張ろうとした時,屋敷の中からガラスの割れる音が聞こえた。

 小走りで玄関に向かい,扉を開く。

 ほんのりカビと埃の匂いを感じながら目に飛び込んできた光景は,カナエの部屋のように散らかったリビングだった。

 皿が割れ,花瓶が倒れ,本が乱雑している。

 この天界にも空き巣が居たのかと驚いた時,「やばっ!」と小さな声が聞こえた。

 声の方を見てみると,小さな小さな背中が物陰に隠れようと飛んでいるところだった。



「……イラ?」



 そう呼びかけると,ひょっこりと小さな顔が出てくる。

 落ち着きを取り戻しながらイラの方へ近づくと,散らかった床に木の根っこが飛び出ているのに気が付いた。

 異常成長した木は,古屋敷の床を突き破って根を広げたらしい。

 だからイラは家に入れたのか。



「テ,テンシ……」



 目を泳がせながらボクの名前を口にする。

 きっと屋敷に入れることに気が付いたイラがはしゃいでしまい,この惨状になった。

 それをカタコトと弁明するのだと思った時だった。



「ア,アタイじゃない……ヨ!

 気が付いてたらこうなってたの!」


「……ナ?」



 イラが言葉を詰まらせずに喋っている。

 しかもわかりやすい嘘まで吐いた。

 確かに少しずつ喋られるようになって成長を感じていたが,今では別人のようだ。



「あ,いや……本当はアタイだけどその……」



 黙って考えているボクを見て怒っていると勘違いをしたのか,イラが正直に白状する。



「でもやっぱり気が付いてたらこうなってた!」



 そういうわけでもなかった。

 どうこうする前に状況の変化に追いつけない。



「えっと,そういうわけでアタイは何も知らないんだけど……ネ?」


「……イラ,ボクはパンを探しに来たのです。

 リッカがパンをどこに置いてるか分かりますか?」


「え,あ,パン!」



 パタパタと物陰から飛び出し,戸棚を開ける。



「えへ,へへへ。さっき見つけたんだー」



 そういって食パンを手渡してきた。

 またしてもハンバーガーには向かないサンドイッチにピッタリなパンだ。

 いやそもそも,ハンバーガーに合うパンを持っている方がおかしい。



「……ありがとうなのです」



 それでも食パンを受け取り,踵を返す。



「え! あ! 帰るの!?」



 この惨状に何も口出さないボクに対して,驚きと安堵の表情が見え隠れする。



「……明日,エリカが来る前にしっかり片付けておくのです」


「は,はひー!」



 イラが慌ただしく屋敷の中を飛び回るのを見ながら外へ出る。

 翼を広げ飛び立ち,小さくなる屋敷を振り返ると,異常成長した木が確かにそこに在った。



「……ふぅ」



 この変化が良いことなのか悪いことなのかわからないが,何かきっかけがあったことは確かだ。

 今はそれを確かめるのに頭の整理が追い付かないし気力も保つ気がしない。

 明日のエリカに放り投げてしまう。

 ……というか,十中八九はエリカが原因のような気がする。


 食パンを手に中央局へと舞い戻る。

 カナエはそろそろ二つ目の粘土をこしらえたはずだ。


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