第553話 「もう一つの眼」
さび付いた部屋を通り抜け,明るい廊下に出る。
窓から見た景色は,この新しい腕よりも驚くべきものだった。
まず,建物が大きい。
母の故郷セイラにある精霊が宿る大木を思い出す大きさだ。
しかも建物の壁面がほとんどガラスで覆われている。
あの枚数を取り付けるには何世代もかかるだろう。
……僕は今,あの建物を見下ろす位置に立っている。
ということは,ここも相当な高さのはずだ。
急に足元が頼りなく思えた。
次に街中を走る馬車の『車』。
昔,パームが馬要らずの車を作ろうとして爆発させたのを知っている。
あの時の動力は魔法だったが,この国では機械仕掛けだろう。
リッカ達はこの見下ろした街のどこかに居るのだろうか。
ここまでしばらく歩みを進めて来たが,誰も見かけない。
もしかしてベッドの上で大人しくしていた方が良かったか?
そう思い始めた時,後ろから誰かが走って来た。
安心したことに,普通の人間に見える。
僕と似たような恰好だから,医者ではないようだ。
「すみません」
男はギョッとした表情で僕の顔と,そして手に持った剣を交互に見た。
「×××××!」
上手く聞き取れなかった。
すぐに男は走り出してします。
……剣を見て逃げ出した?
いや,どこかに急いでいるように見える。
少し迷ったが,男の後を追うことにした。
いくつかの角を曲がり,とある扉にたどり着いた。
鋼鉄の腕で優しくドアノブを回す。
目に入って来た光景は治療所とは到底言えないものだった。
壁やテーブルにはたくさんのガラス板があり,その前で多くの人が忙しなく動いていた。
ガラス板にはどこかの景色が映し出されているが,先ほど見下ろした街とは打って変わって崩壊した街だった。
そして明らかに人ではない……そして魔物にも見えない何かが歩いていた。
何だこの国は。さっき見下ろした街は幻なのか?
「××××××」
「××××××××!」
「××!」
「××××××」
部屋中に木霊す声が一切聞き取れない。
まるで世界が変わってしまったようだった。
ふと,肩に手を置かれていることに気が付いた。
白衣を見に纏った男だった。
回りの人とは風貌が違う,ここの責任者なのかもしれない。
「ここはどこですか? あの光景は一体……」
「××××?」
白衣の男が肩をすくめながら苦笑する。
そうか,国が違うから言葉が通じないんだ。
……それとも,僕に何らかの障害が残ったか。
もどかしさを感じながら映像に目を戻す。
とある映像,空の明るさが違う。恐らく他の映像とは時間が違うのだろう。
そこに見知った姿を見つけた。
「リッカ!」
白衣の男が僕の言葉に反応し,その映像を大きくする。
蜘蛛のような生き物に魔法を唱えていた。
その場は上手くやり過ごしたようだが,この離れた映像からでもわかる。
リッカは怯えながら戦っている。
骸獣に殴りかかる度胸がある彼女が,怯えていた。
あの蜘蛛はそれだけの脅威なのだろう。
別の映像では,3体の蜘蛛がどこかへ進軍していた。
もしも,1体だけでも脅威なのにあの3体がリッカの元へ辿りついたら……。
「××××リッカ?」
白衣の男が初めて聞き取れる単語を言った。
「××リッカ×××?」
リッカは確かにこの場所に居たんだ。
そしてここの人たちとも会っている。
きっと映像の場所も遠くはない。
「僕をリッカの元へ連れて行ってほしい。
今度は僕がリッカを守る」
白衣の男は僕を,そして鋼鉄の手に握った剣を見た。
何度か頷くと,手招きをしながら部屋の外に出ていく。
言葉は通じなくともきっと言いたいことは伝わっただろう。
剣を持ち直しながら白衣の男を追った。




