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第545話 「向けられなかった愛情を」

 ガラガラと瓦礫の山が崩れ始めるが,まだSタイプの姿は見えない。

 出てくるまで時間の問題だろう。



「に,逃げましょうよマーカスさん!」


「いや,逃げられない。発信機がある」



 マーカスが自身の肩を見る。

 小さな傷なのに血が止まっていなかった。



「そ,そうですよ。私の転移倉庫に入れれば平気なんじゃ……」


「俺に注入された発信機は恐らく液体型だ。

 リッカには血液が付着,シーラにもついているかもしれん」


「さっき触っちゃった」



 シーラが両手を広げて見せる。



「じゃあどうすれば……!」



 マーカスが自分の耳に手を押し当てる。科学テレパシーだ。



「……了解。

 ノーフォックから発信機除去装置を持った部隊が出発した。

 それまで俺たちは耐える。まずは死に損ないのコイツを破壊するぞ」


「破壊するって……」



 どうやって?

 レールライフルは装甲に傷をつける程度。

 私の短剣は……もう届かい。



「イナガキ,ポイントデルタに移動後,待機する。

 ……あいにく,運に頼るのは好きじゃない」



 そういうとマーカスはイヤホンを外し,崩れ始める瓦礫の山に投げた。



「あっ……。アレがないとイナガキさん達と連絡をする手段が」


「そうだ。アレだけがイナガキ達に俺たちの場所を発信できる装置だ。

 電磁パルス攻撃によって使えなくなった衛星をアレに向かって落とす。

 それでSタイプを破壊するぞ」


「はぁ,素敵な日になりそう」



 シーラがどこかで聞いたセリフを呟くと,レールライフルを構えて路地の向こう側へ走る。



「衛星が落ちるまでSタイプを足止めする必要がある。

 俺とシーラは対角線上に配置,レールライフルを撃ちまくって足止めする。

 それだけだと不十分かもしれない。

 リッカ,お前は……戦えるか?」



 マーカスの手が肩に置かれる。

 大きく力強いが,皺だらけの手だ。



「私は……」



 何かできるのか?

『想像』した短剣ですら効かない相手に。


 不意に瓦礫が大きく崩れる。

 同時に,金属の足音も大きく響いた。

 もう時間がない。



「うっ……」



 口からうめき声のような悲鳴が出る。

 自分の膝が震えていることに気が付いた。



「リッカ,隣のビルの屋上に行ってそこから援護を頼む。

 攻撃対象がバラバラに居ればそれだけ時間が稼げる」



 マーカスが煙草に火をつけてからレールライフルを構えた。



「もしもの時はお前だけでも逃げろ」



 ポンっと私の頭に手を乗せてからシーラとは反対側に移動する。



「あ……」



 その後ろ姿に私は何も声をかけることが出来なかった。


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