第528話 「一人一人の舞台」
奇跡課から出てみると,中央局には多くの女神が行き交っていた。
業務時間が終わってからしばらく時間が経つようだ。
食堂まで移動して中の様子を確認してみる。
毎度ながら,閑散とした施設だ。
いつも注文を受け付けている顔見知りの女神が小さく会釈する。
「……赤髪の女神は来たのですか?」
「はい,しばらく前に。
今日は小さなタッパー二つに,持ち帰り用を詰めていきましたよ」
「ありがとうなのです」
二つ? イラ用だけなら一つでいいはずだが……。自分でも食べるのだろうか。
ともかく,寄り道をしなければリッカの古屋敷だ。
中央局から飛び出し,目印を頼りにリッカの屋敷へ向かう。
ふと空を見上げると,煌々と輝く太陽がそこにあった。
最近は,リッカに付き添って別の世界を見ているせいか,夜のない天界に違和感を覚える。
はじめは夜という存在が怖かった。無限に広がる不安の様だったからだ。
だが,リッカと共に夜空を見上げてみると,無数に散らばる星々が,静寂の舞い降りた世界が,静寂に包まれた暗闇が美しいと思った。
夜は知らないから怖いのだ。
天界の夜を消し去ってしまった存在が居るとすれば,それは天使のような幼い思考を持つ者の仕業だろう。
屋敷にたどり着き,裏庭に生える大きな木へ舞い降りる。
地面に足を着けるやいなや,木の陰からイラが出て来た。
ボクの肩に座ると,嬉しそうに足をパタパタと動かす。
「……エリカは来てないのですか?」
いつもは身振り手振りですぐに答えるイラが,小さく咳払いをすると,ボクの耳に身体を寄せる。
「……ま,だ」
「じゃあどこかに寄り道をしているのです」
枝にぶら下げられたブランコに腰を掛ける。
なにかを食べた時以外にイラが話すのを初めて聞いた。
「……昨日もエリカは来たのですか?」
「う,ん」
「昨日は何を食べたのですか」
「んー……?」
身振り手振りで何かを伝えようとしているが……分からない。
だが,必死に言葉にしようとしている。
エリカとのコミュニケーションによってイラが成長しているのだろうか。
「ご,はん」
「よぅー! イラ―!
アタシが来たぞー!」
頭上から静かな会話を壊す声が降り注いだ。
「イラー? うおっ!
……なんだテンシか。いつもと違う色があるからビビったぜ」
「……人のことを色で認識するなのです」
「悪りい悪りい」
そう言いながらも悪びれる様子なく隣のブランコへ飛び乗る。
魔法庫から小さなタッパーを取り出すと,肩に座っていたイラが嬉しそうに飛び回った。
「テンシ,見ろよこの本」
「……『科学戦隊大百科』。
これ,カナエが借りた本なのです」
「ふふっ,よしよしいいぞ。
暇だから貸出係の女神にお前たちが借りた本を問い詰めたんだ」
「ストーカー行為なのです。しかも,本当に問い詰めただけなのですか。
絶対,脅迫してやがるのです」
「本はいいものだよな。色んな技術を学べる」
そう言って取り出したのは『女を落とす非常識な会話術』と書かれた本だ。
「食堂のメニューを持っていったらコロッと落ちたぜ。
これであの女神も堕天だ」
「……悪魔がここにいるのです」
ニッと笑ったエリカが『科学戦隊大百科』の本を開く。
「ま,表紙を見てからわかっていたけど,アタシが変身するならレッドだな」
「……色的に否定できないのです」
「違う違う。主人公度だ。
この世界の主人公はアタシだからな。アタシを中心に世界は回っている!」
「自意識過剰過ぎてやべー悪魔なのです」
「まぁな。それでテンシがブルーでカナエがイエローだな色的に。
リッカは……ホワイトは似合わないな。
ドジっ子秘書? も違うな」
エリカのレッドが主人公だという考えは間違っている。戦隊モノは全員をあわせてやっと主人公になるのだ。
レッド……エリカのような性格に物語が振り回されるのなら,世界は回転し過ぎて壊れてしまう。
ページを捲る度に様々な反応を示すエリカを見ながら,ゆっくりとブランコを漕いだ。




