第513話 「懐かしのエール」
頭の中に思考が巡っている内に,テーブルの上は注文した料理で満たされていた.
何とか齧り付けそうな大きさの具沢山なハンバーガーに揚げたポテト.そして骨付きチキンに黄色いシュワシュしている飲み物だ.
「まぁ落ち込んでも仕方がない.
お互いやれることを全力で頑張ろう」
「そ,そうですね!
ご飯を前に落ち込むのは良くありません」
全員がグラスを手にしていた.
真似をして冷たいグラスを持ち,宙に掲げる.
「新しい友人のリッカに」
「リッカへ」
「リッカに!」
「……リッカ」
「私に!」
カチッとグラスをぶつけ合い,グラスの中身を飲んだ.
シュワシュワが口の中で暴れまわり,僅かな爽快感の後に苦みが残る.
「……苦いうぇー!
これやっぱりあれでしたね,ライエール!
久しぶりに飲みました」
初めて飲んだのはグレンと港で食事をした時だ.
若干風味は違うが,同じ飲み物だろう.
「ライエール? なんだそれ.
これはビールって言うんだよリッカちゃん」
「はえービールって言うんですか」
アツアツのポテトを口に運び,もう一度ビールを飲む.
やはりこうした方が少しだけ苦みが軽減されている気がする.
「……エールという飲み物があったというのは聞いたことがある,隊長」
エリックがハンバーガーを片手にマーカスへ話を投げる.既にグラスは空っぽだ.
「エールはビールの一種だ.フルーティーな香りがあった」
「へぇ飲んでみたいなぁ.お酒は苦い物ばかりだから,私は少し苦手」
「復活させたのが戦前を知るオッサンだからな.
若い世代が新しい酒を造ればいい」
ハンバーガー両手に抱え,齧り付く.
パン,野菜,ソースに肉.それぞれの食感が前歯に伝わり,噛み千切る.
「んー,ん!」
正直,侮っていた.
所詮,限られた世界の中で造られた食べ物だと.
大自然の中で育って来た食物には敵わないと.
だが,噛み締める度にあふれ出る旨味は,大自然の天恵を凌駕していた.
これが都会の味か!
「いい食いっぷりだ! ここで飲め飲め!」
まだ半分以上グラスに残っているのに赤い顔のウィルがビールを継ぎ足す.
ハンバーガーの味を噛み締め,それをビールで一気に流し込んだ.
「ぴゃー! 美味しい!」
「は,ははっ良い飲みっぷりだ!」
「いぇーい!」
もう一度ハンバーガーを頬張る.
やはりこの味は今まで食べた中で一番おいしい.
研究課の食堂もこういうメニューを出せば良いのに.
「これ何の肉ですか?」
「ビーフ……と言いたいところだが,実を言うと肉じゃない」
「えぇ? ……えっそうなんですか!」
味も食感も肉で間違いないはずだ.
「家畜を飼うほどの空間は確保できなかったからな.
穀物と何か色々混ぜて肉の味や栄養を再現している.
しかも再現するのは過去の最上級の肉だ」
「か,科学ですねぇ」
これはこの世界の人間たちの過去の結晶なのだと考えると,大きく齧り付くことが出来なくなってしまった.
少しずつ,少しずつしみじみと味わった.




