第502話 「ワンタッチ」
瞼を閉じた暗闇の中,レールガンの閃光が輝く.
空気の振動が全身にハッキリと伝わり,降参の意を示した右腕に衝撃が走った.
吹き飛ばされた腕に引っ張られ,身体が揺らぐ.
無数の銃弾を浴びるだろうと覚悟していたが,衝撃が走ったのは一度だけ.
「痛ッ……! キエー!」
眼を開いて身体の負傷箇所を調べる.
どうやら本当に撃たれたのは右手だけのようだ.
恐る恐る撃たれた手を見てみると,ぺちゃんこに広がった銃弾が手に張り付いていた.
剥がしてみると,薄っすらと血が滲んでいるだけだった.
「やったー大丈夫だ!」
にへらにへらと笑いながら顔をあげると,目を見開いたイナガキが居た.
まだ無数の銃口がこちらを向いたままだが,追加の銃弾が飛んでくる様子はない.
「おい,どういうことだ」
マーカスが射線を怖じ気付くことなくイナガキに近づくと,鋼鉄の腕で軽々と持ち上げた.
「ち,違う隊長! 誤解だ! テストだったんだよ!」
「……テスト?」
「そ,そうだ! だからまずは下ろして!」
イナガキが地面に下ろされると,喉を摩りながら銃を構える人たちに手を振る.
そうすると,やっと銃が下ろされ,緊張した空気が和らいだ.
「彼女に敵性がないか確信を得たかったんだ.
テック社がどんな作戦であれ,自らが破壊されそうだったら反撃するだろう?
だが反撃はしなかった.敵性はないよ」
「本当か?」
「本当だよ隊長.
撃ったのは手だし……壊れても問題ないだろう?
まぁ少し傷がついたくらいだったけど」
「普通に痛かったですからね」
マーカスが溜息を吐くと,地面に落ちていた煙草を拾い上げて咥える.
「そういうことらしい.悪いな」
「あ,いや,全然良いんですよ!
これで疑いが晴れたのなら!」
「そうか.はぁー」
マーカスが目頭を摘まむ.かなり疲れているようだ.
「ウィル……じゃなくてシーラ.
リッカのことを頼む.主要な施設を案内してやってくれ」
「了解」
「えっ俺じゃないの」
「お前は足の調節だ」
頭を押さえるマーカスに続いて,エリックに引っ張られたウィルが群衆をかき分けて消えていく.
残ったのはさっきまで私に銃を向けていた人たちと信用度が底のイナガキだ.
「じゃあ私たちも行こう」
「あ,はい」
群衆に向けて歩き出す.さっきまでとは別の緊張だ.
「すげぇ本当に機械か?」
「見ろよ,手の傷がもう治ってるぜ」
「髪サラサラやん髪」
あちらこちらから私への感想が飛び出す.鼻がひくひくした.
「ほら邪魔だよどいて」
群衆の後ろにはもう一つ金庫のような扉があった.
扉を通り抜けていると,後ろから私を呼ぶ声が聞こえて振り返る.
イナガキだった.
「君,後で僕のラボに来てね」
「嫌です」
「お,お願いだよ!さっきのことはあやま」
バキャッと鉄の扉を叩き閉めると,やっと静かになった.




