第490話 「錆しい世界」
マーカスに促され,梯子を上る.
さび付いた鉄は,ほんの少しだけ手に刺さった.
鉄のハッチに手をかけ,梯子から足を踏み外さないように持ち上げる.
少しずつ開いた隙間から光が差し込み,新しい世界が眼前に広がった……!
「わぁ……! ……はぁ」
「今,凄いテンション下がったよね」
ウィルの手を掴むと,身体を引き上げられる.
「まぁ……そう,ですねぇ」
辺りを見渡し,もう一度空を見上げる.
回りは崩れかけた高層ビルで囲まれている.
空は狭く,どんよりと曇っていた.
世界は灰色に染まっており,先ほどの部屋と何も変わっていない.
「リッカは緑の世界を知ってるの?」
「えーっと,そうですね,知ってます.
シーラちゃんたちは……?」
「私たちは戦争が始まってから生まれたから記録でしか知らない.
緑の世界を見たことあるのは隊長と本拠地にいる一部の老人くらい」
「そうなんですか……」
先ほどの反応はあまりよくなかった.
私を偽る為にも,この人たちの為にも.
「年代の古い記録,基本的な動作などは残っている.
新しい方から記憶が飛んだんだな」
地上に出てきたエリックが眼鏡をかけ直しながらそう呟く.
「どれくらい記憶が飛んだのか分かんないけど,古い方よりは良かったんじゃね?
俺,子供の頃の記憶が無くなったらショックだなぁ」
「敵に拘束され,人間を殺すように改造されてるのを忘れてたりしてな」
ウィルの顔が引きつる.
「か,勘弁してくれよリッカちゃん」
「こ,こっちこそ! 急に撃たないでくださいね!」
「おい,お喋りはお終いだ.
エリックは先導,ウィルは俺とリッカを守れ.シーラはケツを頼む」
「了解」
マーカスの指示で,先ほどまで緩んでいた空気が一気に締まった.
「アイアン部隊,これから拠点A2に向かう.
エリックにルートを転送してくれ」
マーカスがまた喉元に指を押し当て,科学テレパシーを使っている.
あっちのほうがなんだかカッコいい.
「よし行くぞ」
ウィルが銃を構え,先頭を歩き始める.
広く,大きな道だ.
ところどころに焼け焦げた車が放置されている.
ビルを見上げると,暗い窓が無数にあり,どこかから誰かが私たちを見下ろしているかもしれない.
念のため,『こちらを見ている者を認知する魔法』を唱えておいた.




