第49話 「ナイーラ港へ」
疎らな意識の中、誰かの声が聞こえる。
これは……グレンの声だ。
何かこう、切羽詰まった感じ。
トイレにでも行きたいのだろう。
私はまだ、この太陽の温もりを存分に味わっていたい。
意識をまた切り離す、夢の中へ落ちていく。
最高に心地よい。幸せだ。
そう思った瞬間。
突然の大轟音と共に地面が揺れ、慌てて飛び起きる。
目にした光景は、ひたすら土煙。何も見えない。
「グレンさん!グレンさん!なんかヤバイです!」
「あぁ分かってる!敵だ!やられた!僅かな空間から動けない!」
土煙の奥から声が聞こえる。
しばらくすると、土煙が収まりグレンの姿が見える。
片手剣を構え、せわしなく辺りを警戒していた。
「結界の類の魔法だ。
何をしても破ることが出来ない」
結界?
私が昨晩唱えた魔法のようだ。
さっきの轟音はグレンが何かしたらしい。
どうやら強度は十分のようだ。
「気を付けてリッカ。
相当手練れな魔法使いのようだ」
突然褒められ、思わずニヤけてしまう。
「どれくらい凄いんですか!」
「今まで見た結界で最高強度だ!」
「ヤバイですか!」
「最高にヤバイ!
正直、殺されてないのが不思議なくらいだ!」
「もっと褒めて!」
「何!?」
私が満面の笑顔になっていることにようやく気付く。
魔力が循環している魔法陣の一部を消し、結界を解いてみせた。
「君、だったのか……」
グレンが剣を手から落とし、その場にへたりこんだ。
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昨晩の夕飯の残りを温め直し、朝食にする。
食後にはさっきのお詫びで紅茶を淹れてあげた。
今日は、ナイーラ港にたどり着くのを目標に歩き出す。
グレンの荷物を魔法庫で預かることを提案したが、咄嗟の時に困るかもしれないという理由で断られた。
確かに、急に取り出せと言われたら焦って違うものを出してしまうかもしれない。
少し砂原が見える草原を歩きながらグレンに問う。
「そういえばさっき、結界を破ろうとしたとき何をしたんですか?
すごい轟音でした!」
「あぁ、あれはね。『体当たり』したんだ。
『天から与えられし力』を使ってね」
「『天から与えられし力』?」
「そう、知らないかい?
誰もが持ってるけど、使えるとは限らないって力さ」
『天から与えられし力』
たぶん、ユニークスキルのことだ。
魔王が居るこの世界にユニークスキル持ちが居るとは思っていたが
まさかこんなにも身近にいたとは思わなかった。
なんとも幸運だ。
「どんな力を使えるんですか?」
「簡単にいうと、高速移動さ。
そのまま突っ込むだけで凄い衝撃になる」
そういえば、私が蜥蜴人に襲われた時
蜥蜴人の身体がはじけ飛んだかと思うとグレンが現れた。
あれは体当たりをしていたのか。
なんて恐ろしい威力なんだ。
小さな道がやがて大きな舗装された道とぶつかった。
この道が、バルロックの森を抜けることが出来ない馬車などが使う道らしい。
魔物はほとんど出ず、比較的安全な道だが
バルロックの森を通る道と比べて大幅に時間がかかる。
たまたま通りかかった商人の馬車に乗せてもらう。
馬に揺られてしばらく、太陽が真上に上った頃
潮の匂いが鼻につき、馬車から身を乗り出す。
目に入った光景は、太陽にきらめく海。
ナイーラ港に到着した。




