第43話 「遭遇」
「バルロックの森はヘーゲル草原と違って魔物が多く生息している。
僕も十分に気を付けるが、リッカも警戒を怠らないでくれ」
「はい。わかりました」
私が知っている森は、天界の家の周りにある小さな森だけだった。
バルロックの森は、陽の光が遮られるほど木が生い茂っている。
それが相まって『緑』という言葉では表現が乏しく、まさに碧々とした森だった。
美しいと思った。
できることなら、椅子にでも座って紅茶を飲みたい。
ひんやりとした空気を感じながら歩いていると、不意にグレンが立ち止まりしゃがみこむ。
「……どうしたんですか?」
「なにかの糞がある。まだ新しい」
グレンは顔を糞に近づけ、手で仰いで臭いを嗅ぐ。
「あまり臭みが強くない。
肉食の動物か……魔物かもしれない」
「……人も食べます?」
「ただの動物ならわざわざ生きている人間を食べには来ないさ。
魔物なら残念ながら僕達が主食の奴らが多い」
グレンはリュックを置き、中から短剣を取り出した。
「何かのテリトリーに入ってしまったかもしれない。
一応、すぐに反撃できる準備をしておこう」
グレンはそう言って歩き始めた。
何かに狙われているのではないかと思うと、美しく思えた森が急に怖くなった。
冷や汗をかき、ひんやりとした空気が身体を冷やす。
視線を感じた気がして何度か後ろを振り返るが、碧い植物しか見えない。
終いには、自分の足音にすら身体が強張るようになってしまった。
今、私にできることは何かあってもすぐ気づいてもらえるように、グレンにくっついて歩くことだ。
人間とは、毎日こんな思いをしているのだろうか。
たぶん、強化魔法を使えば不格好でもグレンより私のほうが強いだろう。
それなのに、今はグレンの背中がとても頼もしく感じる。
「しっ!何かいる」
グレンが急に止まり、身体を低くするようにとジェスチャーする。
音を立てないように姿勢を低くし、グレンからの合図を待つ。
前方のほうから、草をかき分ける音と、『シューッ シューッ』という小さな息遣いが聞こえる、
しばらくして、グレンが指さした方向を見ると
遠いところに小型の毛むくじゃらの生き物が草むらから顔を出しているのが見えた。
目を凝らしてみると、空を仰ぐように仰向けに寝っ転がっているように見える。
口からは小さな鋭い牙が見えた。
「大きさや足跡からみてカルカンだろう。小型の肉食獣。
あの程度の大きさなら問題ない。行こう」
「なんだ良かった……。
てっきり、人間を食べちゃうようなのが居たかと思いました」
膝に付いた泥を払いながら立ち上がり、ふと思ったことをつぶやいた。
「それにしても、動物も空なんて眺めるんですね」
「なんだって……?」
歩き始めていたグレンが止まる。
「えっ? あそこカルカンが仰向けに寝てるって話で……」
「……僕には遠すぎてよく見えない。
リッカ、仰向けに寝ているのは確かかい?」
もう一度目を凝らして視てみる。
確かに空を仰ぐように仰向けだ。
「やっぱり仰向けで寝てますよ」
「動物が仰向けになるのは、野生を失ったか死んでるかのどっちかだ」
「へぇ~。じゃあ、死んでるのかな?」
もう一度見てみると、微かに動いているように見える。
「動いてますよ~。
可愛いで……す?」
仰向けのカルカンが草むらに引っ込んだ。
その動作に何か違和感を覚えた。
何かおかしい。
…………仰向けのまま動いた
何かに引きずられたように。
「グレンさん。
何か……いるような気がします」
カルカンが消えた草むらから、バキバキと砕ける音に加え、くちゃくちゃという咀嚼音が聞こえた。




