第390話 「見逃さなかった魚」
「しゅっぱーつ!」
トコの掛け声と共に空へ飛び上がる。
フィシュ湖まであと少しだ。
私たちは残り少ない旅路をのんびりと進み始めた。
「いやーそれにしてもネイリスちゃん、ずいぶんとトコちゃんに体を許してましたね」
ネイリスはスキンシップなどのコミュニケーションを極端に嫌うタイプかと思っていた。
「変な言い方をするな。
気づいたらああなってたんよ」
「えへへ、えへ、そうですか!
……寝心地がかなり悪くなりますよね」
「あぁ、眠った気がしなかった」
でもよくよく考えてみれば私は結構ネイリスにスキンシップをされている。
叩かれたり殴られたり耳を捥がれたり……。
左側の肋骨がむずかゆくなってきた、これ以上考えるのはやめよう。
しばらく飛んでいると、目下に川が見えた。
これを辿ればフィシュ湖にたどり着きそうだ。
「あー、久々にお魚を食べたいなぁ」
いつか食べた鈍足魚とやらが美味しかった。
四つ足の動物の肉とは違い、さっぱりとした肉で時々食べたくなる。
「え! 何リッカ! ウェッ!? 魚!?」
籠の中でトコが初めて聞くタイプの悲鳴を上げる。
「えっどうしたの。魚嫌い?」
「わー!」
それっきり静かになった。
心配になって籠をのぞき込んでみると、ヴァルトの服に頭を突っ込んでいた。
「……なんかあったんですか? 魚で」
「昔、腹が減って川魚を生で食べたらしい。
その時に寄生虫にやられて死にかけたと聞いた」
「うわぁおっかないですね……?」
寄生虫というものは知っているが、食べた者を死に追いやるとは知らなかった。
たとえ死神という超人的な肉体であったとしても魚を生で食べるのはやめよう。
「ヴァルト、それは止めないとダメだよ」
「まだ俺がいなかった時だ。
文句ならお前の上司に言ってやれ」
「それは少し……うーん」
ケリトランスが腕を組んで考え始めると、途端に籠の中が静かになった。
「ネイリスちゃんはお魚を食べたことがありますか?」
「ウ、ウチも……」
「はい?」
「ウチも生で魚食べちゃった」
初めて見るネイリスの不安げな表情だ。
「え、えぇ!? いつですか!」
「まだお前がヴァルトたちの家に居た頃だから、一週間そこらだ。
目の前に飛び上がってきたから興味本位で齧ったんよ。不味かった」
「拾い食いはダメって天使学校で習わなかったんですか!?」
「そんな学校行ってねぇよ!
あークッソ、おいケリトランス。寄生虫の症状が出るのはどれくらいだ?」
「種類にもよるけど数時間から一週間、長くて数年後ってのもあるらしいね」
それを聞いたネイリスが絶句する。
何も答えずに弱々しく飛行を続けた。
たった一口の不味い川魚。
それのせいでネイリスはしばらく寄生虫という不安に襲われるのだ。
……多分、平気だと思うけど。
そんなことを考えていると、目の前に大きな湖『フィシュ湖』が見えてきた。




