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番外編8-2 「ひしめき合う重力」

 火や水などの四元素とは異なる重力という『要素』。

 今までの魔法の理からは既に外れてしまっている。

 それだけに扱いが難しい。



「はぁ、どうするかしらねぇ」



 テーブルに顔を伏せようとすると、ケーキが置かれていることに気が付く。

 悩み過ぎて目に入っていなかった。



「私は魔法には疎いのだが、もう改良は出来ないのかい?」


「無理よ。ここまで安定したのも奇跡。

 改良すれば時間もかかるだろうし、魔法の暴走もあり得るわ。

 別の方法を考えたいところ」



 ケーキを手づかみで齧り付いてからフォークがあったことに気が付く。

 自分の視野が思ったよりも狭くなっていることに苦笑いした。

 アインが何も言わずに手拭きを置いてくれる。



「ありがと。

 アインちゃんは見てて気が付いたことある?」


「……申し訳ありませんが、私も魔法には疎いです。

 ただ、他の事でわかるのはパーム様は働きすぎだということです。

 ここ数年、しっかりと睡眠を取っているところも食事を食べているところも見ていません」


「あー……」



 目頭を手で摘まむ。

 そんなに私は熱中していたのだろうか。

 ……無理もない。

 これは一方的だが旅立った二人への約束だから。



「余計なお世話かもしれませんが、このままの生活を続けていると……女が死にますよ」


「分かったわよもー、耳まで痛いわ。

 今日はもう休む。それでいいでしょ?」


「出来れば明日もお休みを願いたいのですが……」


「どうしてよ?」



 アインがにっこり微笑む。



「明日は建国記念日ですから。

 街はお祭りですよ」



 カイルが突然、咽て立ち上がる。



「明日は建国記念日か!

 祝辞をまだ書いてなかった!」



 慌ただしく屋敷の中へ入っていく。



「カイルは休まなくていいの?」


「カイル様は少し慌てたほうが良いんですよ。

 トーマスさん、今日はもう庭を使わないそうです!」



 アインが手を振ってトーマスと呼ばれた初老の庭師に声をかける。



「庭で何かするの?」


「明日の為に飾り付けをします。

 去年もしたのですが……覚えてませんか?」



 そういえば去年も庭から追い出されたと思ったらいつの間にかカラフルになっていた気がする。

 邪魔をしないようにそろそろ帰ろう。



「じゃあ私は店にでも戻って……」


「はい、これお願いします」



 席を立ち上がろうとすると、アインに袋状のゴムを渡された。



「風船を膨らますのを手伝ってくれませんか?

 最低100個は必要なんです。

 トーマスさんはほら……あんなんですから」



 トーマスが顔を真っ赤にして風船に空気を送り込んでいるが、一向に膨らんでいない。



「……わかったわ」



 アインに文句は言えない。

 いつも陰から支えてくれているこの少女がいなければ、魔法を完成させることは出来なかっただろう。


 風船を膨らせ始めるが、これは案外疲れる。

 やっと10個完成した時、アインは既に30個は作り上げていた。



「私、本当に必要なの?」


「とても有り難い存在です。

 トーマスさん、そろそろ風船の飾り付けをお願いします」



 まだ一個目の風船を膨らませているトーマスに声をかける。

 もう少しで十分な大きさになりそうだ。



「もう少し待っておくれ、あと少し……」



 大きく息を吸った後に風船へ口をつける。

 だがなんとも悲しいことに、息を吹き込んだ瞬間、風船がトーマスの手を離れてしまった。

 空気をまき散らしながら風船が空へ飛んでいく。



「……これまでじゃ」


「閃いたわ!」


「は、はい?

 そうですね、ヒラヒラ飛んでいきましたね」


「違うそうじゃなくて、思いついたのよ!」


「何がですか?」



 椅子から立ち上がり、庭の真ん中へ歩く。



「空を飛ぶ方法よ」



 宙に重力の魔法陣を描く。



「四元素と違って重力の向きを指定するのは難しいわ。

 でも、向きを指定しなくても一つの方向へ向きを向ける方法を思いついたの」



 描き上げた魔法陣に魔力を流し込み、発動させる。

 夢中になって描き上げたから調節が足りなかった。

 大きな圧力が私に加わり、魔法陣から押しのけられる。

 私たちの作った風船も押しのけられ、いくつかが破裂した。



「アインちゃん、耐性魔法って知ってる!?」


「し、知ってます! グレン様の鎧に施してありました!」


「そうね! 耐性魔法は特定の魔法を吸収できる!」



 自分の左手に魔法陣を描き込む。

 重力の魔法と似て非なるもの。耐性魔法陣だ。

 魔法陣を創った私になら、耐性魔法を創るのは簡単だ。


 魔法陣を描き上げた左手を前に突き出す。

 効果はしっかりと発揮しているらしく、左手だけ圧力を感じなかった。

 身体の至る所に耐性魔法陣を描き加え、少しずつ魔法陣へ近づいていった。

 左手を伸ばし、重力の魔法を握りつぶす。

 壁に張り付いていた風船たちが地面へ踊り出した。



「……筒とかに耐性魔法を組み込めば空を飛べる! ……かもしれないわ」


「そ、そうですね」


「私、お店に戻って試作品を作ってくるわ!」


「ダメです」


「え?」



 呆気に取られてアインを見る。

 呆れた顔で二つの方向を指さしていた。

 そこにはたくさんの割れた風船と腰を抜かしたトーマスが居る。



「手伝ってください」


「……心の底から申し訳ないわ」



 店に帰るのを諦めてトーマスの介抱へ向かう。


 反重力を生み出したこの日、私は更に大きな一歩を踏み出した。

 私が空を飛べる日は……いや、多くの人が空を飛べる日はもう近い。


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