第29話 「改心の一撃」
「……奇跡によって誰かが死ぬことはあってはならないのですよ」
「あ、じゃあテーちゃんが土砂から守ってあげたってこと?」
「……そうなのです。というより、そっちがメインの仕事なのです。
リッカには雨を降らせてもらいましたが、残念ながら雨が降るのは奇跡ではないのですよ」
確かにリッカは自らの力で雨を降らせた。
自然では降ることのなかった雨をだ。
しかし、異世界に生きる多くの生き物たちは雨が降ることを当たり前に思っている。
たとえそれが、女神たちの『奇跡』によって降ったとしても。
場合によっては『奇跡』ではなく『災い』と捉えられることもあるかもしれない。
リッカは先ほどの世界を覗いてみた。
土砂はすっかり片付けられ、跡には畑が広がっていた。
作物も実り、多くの人が飢えを凌ぐことができるだろう。
私が救ったと思う反面、私が壊したとも思ってしまう。
別の異世界を覗いて、世界中を見渡してみる。
「……ん。そいつ、そいつに天罰を与えるのです」
テンシが急に映像に映った人間を指さした。
畳の上でだらしなく寝転がってる浴衣姿の男だ。
「えっ?天罰って?どうして?」
テンシは紙束をリッカに渡すと、ぐちぐちと文句を言い始めた。
「……こいつは仕事もせずにだらだらと惰眠を貪るのに加え、やたらむやみに小動物を殺すのです」
渡された紙束に目を通すと、その男に関する情報がすべて載っていた。
やはり仕事柄、一番目についたのが善良ポイントだ。
-7ポイントという地獄がふさわしい人間だ。
「悪い人間だってことはわかったけど……。天罰を下すって何をすればいいの?」
「……改心させる程度が良いのですが、その度量が難しいのです」
もう一度紙束に目を通して、この男がどんな悪行をしているのか調べてみる。
テンシの言う通り、小動物の殺傷をなんどもしている。
しかも、己の快楽を満たす為にやっているらしい。
なんとも許し難い。
リッカは魔力を込め、一つの魔法陣を創った。
念のため、魔導書を取り出して間違いがないか確認する。
「……リッカ、なにをするつもりなのですか」
「えへへ、見てからのお楽しみ!」
リッカが魔法を発動させると、眠っていた男の身体が少しずつ小さくなり、形を変え……。
最後にはネズミになっていた。
目を覚ましたネズミは、自分の有様に気づいてあちらこちらへと駆け回る。
「すごいでしょ!『想像した生き物に変化する魔法』、昨日覚えたばかりなんだ!」
「……いや、リッカ。やりすぎなのですよ」
ネズミに気が付いた同居人が、ネズミをたたき殺そうと追いかけまわしている。
寸前のところでタンスと壁の間に逃げ込み、隅っこで固まっている。
「やばい、どうしようテーちゃん」
「……効果はいつ切れるのですか?」
「昨日試したときは、十分くらいだったと思う……」
「じゃあ、そろそろ元に戻るはずなのです」
テンシがそういうと、急に壁が吹き飛んで男の姿が現れた。
どうやら無事に元の姿に戻れたようだ。
「良かった!良かったけどまだ一分くらいしか経ってないよ?」
「……異世界は天界から遠くなるのに従って時間の流れが速くなるのです。
女神育成学校で習ったことなのですが……」
「そうだったそうだった!思い出したよ!」
テンシのジトッとした目線が痛い。
なん疑問にも思っていなかったが、土砂崩れが起きた世界だって私が見ていた十数分の間に何度も日が入れ替わっていた。
「……とりあえず、今日のお仕事はここまででいいのですよ。
ボクも少しやることがあるので、それが終わったら帰るのです」
「あ、うん。お先に失礼するね。
食堂に行くけど、テーちゃんも良かったら来ない?」
「……行くのです」
「それじゃぁ、またあとでね」
リッカが扉から出ようとすると、テンシが駆け寄って来て引き留めた。
「……これ、渡すの忘れてたのです」
テンシは分厚い紙束をいくつか渡してきた。
「……リッカが転生させたユニークスキル持ちの資料なのですよ。
失くさないようにするのです」
チラッと資料を見てみると、だいぶ前に送り出した転生者の資料まであるようだ。
失くさないようにしっかりと抱えて奇跡課をあとにした。




