第286話 「心残り」
まだ背中から照り付ける日差しが暑い。
家の裏で捕ってきた鹿肉を1口サイズに切り分け、鉄の入れ物に入れる。
入れ物は段々とした構造になっており、下の部分には大きく口が開いている。
口が開いている部分に枯れ木を積み重ねて火をつけた。
「ゴホゥェ!
煙吸っちゃった」
トコが顔の前で手を振り回しながら駆け寄ってくる。
「あの枯れ木はね、オウっていう木の枝でちょっといい匂いがするんだよ」
「そう……だねぇ」
確かに少し独特な香りがする。
甘いというかなんとも言えない匂いだ。
「あとは数時間すれば燻製は出来上がるけど……」
トコと2人で燻製器の前に座り焚火を眺めた。
時々、枯れ枝を追加しながら火加減を調節する。
「暇だねぇ」
「え、本当になんで私にやらせるのこれ。
おじさんは私がジッとしてられないタイプだってわからないのかなぁ」
トコが枝をつかむと焚火の中を引っ掻き回す。
火の粉たちが大騒ぎだ。
「……ねぇリッカ?」
「うん?」
トコが焚火を弄りながら私を見ていた。
「おじさんを投げられるってことはさ、結構力持ちだよね。
私のことは軽々持てるよね」
「そうだね。
指1本でも……や、片手で持てると思うよ」
実際、身体強化をすればヴァルトも片手で持てるはずだ。
そうなればトコくらいなら本当に小指だけで……。
その光景を『想像』できる。
そこまで考えたとき、トコが私ではなく正確には私の翼を見ていることに気が付いた。
「空、飛んでみたいなぁ?」
疑問形で聞いているが、もう飛ぶ気が満々なのだろう。
尻尾が地面を撫でまわっている。
「いやでも……焚火が消えちゃうんじゃないかな」
私がそういうと、トコは調節用に置いてあった枯れ木の山を全て焚火の中に押し込んだ。
入れ物が僅かに浮き上がり、隙間から煙が出てきている。
「行こっ?」
「行こっかぁ」
立ち上がりお尻の土汚れを払う。
……結局、パームちゃんに空の景色を見せてあげることはできなかった。
少しでも時間を作って一緒に空を飛びたかったと時々悔やむ。
今、飛びたいと願うのなら叶えてあげよう。
白い翼を大きく広げる。
この世界に似てから初めてだ。
「ひゃーすっごい。
こんなに大きかったの?」
トコが翼に触れる。
少し羽ばたいて見せると、その場で歓声を上げて飛び跳ねた。
まだ飛んでいないのにはしゃぎまわるトコを背中から捕まえて抱き上げる。
私のお腹辺りでトコの尻尾が激しく暴れていた。
「それじゃ……いくよ?」
「ひゃぁあははっ!」
トコを落とさないようにしっかりと抱きかかえ、一気に跳躍した。
もう、煙よりもずっと高い。




