第279話 「天の者」
「それじゃ、おやすみなさい」
「おやすみー」
歯を磨いた後、トコたちに声をかけて屋根裏へ向かう。
多分、セーカが窓を開けといてくれたのだろう。
屋根裏には風が流れ込んでおり、とても寝やすい環境が整っていた。
一直線でベッドに飛び込み、緑色のぬいぐるみを抱きながら今日一日を振り返る。
今回は冒険者とかではなく、とても一般的な生活を体験している。
本来の目的を忘れてしまいそうだ。
この家族に拾われたのは運がよかった。
魔王討伐をやめたベルタの気持ちも何となく分かる。
魔王という脅威があったとしても、地獄の生活よりずっと良い。
仕事を放棄するような思考をしている自分に苦笑いする。
私の仕事は誰かの為にある。
自分のエゴだけで放棄できるようなものではないのだ。
それに今、魔法庫の中にはグレンがいる。
何としてでもグレンを元の世界へ戻したい。
その為には異世界を巡り続け、医療技術の発達した世界へまずはたどり着かないといけない。
まずは一歩だ。
この家から出る。
確か、城へ行くとか言っていた。
明日、いつ行くのか聞いてみよう。
冷やさないようにお腹に掛け布団をかけて目を瞑る。
……明日はどんなことが待ってるのかな。
トコにとって当たり前のこの日常、退屈だと感じているのだろうか。
翼を広げ、自分の身体を包み込む。
一つの疑問と共に、私の意識はベッドに沈み込んでいった。
※※※※※※※※※※※※
どれくらい時間が経ったのだろうか。
ふと目を覚まして身体を起こす。
数分だけかもしれないし、何時間も経っているかもしれない。
本当に寝ていたのかさえ定かではない。
いつの間にかぬいぐるみを下敷きにして寝ていたようだ。
少し潰れたそれを持ち上げ、身体を引っ張り伸ばす。
「……今日はネイリスちゃん来ないのかな」
きっと近くに居たり居なかったりなのだろう。
元の形に戻ったぬいぐるみを抱きかかえて再びベットに倒れこむ。
慣性ですぐに眠れるだろうと思ったその時だった。
(……リッカ)
「は、はいっ!」
頭の中にはっきりと声が響いた。
思わず応答してしまう。
抱きかかえていたぬいぐるみを放り投げながら身体を起こして辺りを見回す。
暗い屋根裏には緑のぬいぐるみだけが転がり、開いた窓からは夜風が吹き込んでいた。
……誰もいない。
ネイリスが来たのかと思ったが……。
今の声はテーちゃん?
(そうなのです)
「ん!? んん!?」
私の思考に返答してきた。
この声は紛れもなくテンシだ。
(……周りに誰か居るのですか?
テレパシーと同じ要領で会話ができるはずなのです)
わ、居ないけど……。 もしかして近くにテーちゃんが居るの?
(……ボクは天界の奇跡課に居るのです。
以前、食堂で話したのを覚えているですか?
リッカのサポートをするという話なのです)
そういえばそんな話をしたような気がする。
放り投げてしまったぬいぐるみを拾い上げると、窓からヴァルトの姿が見えた。
何をしてるんだろう。
(……サポートといっても、奇跡課の業務ほどそちらの世界に関わることは出来ないのです。
精々、世界の様子を見たりアドバイスをする程度しかできないのです)
やや、とっても大助かりだよ!
何よりも天界と繋がっていられることが一番うれしい。
思いがけないサポートに一人ニヤニヤしてしまった。




