第246話 「廊下の終点」
ネイリスに連れられてやって来たのは死神課の建物。
外見は宙に浮いていない中央局のような所だった。
中に入るとそこで働く死神の姿は殆ど見当たらない。
やはり事務仕事より現場仕事の方が多いからだろう。
吹き抜けになっている階段を降り、地下に向かうと一枚の扉が現れた。
その前に職員と思われるフードを被った死神が一人立っていた。
「アイツに許可書を見せて。
そしたら天界に行けるんよ。
んじゃ明日には帰って来て」
「ちょ、ちょっと待って!」
片手をあげて去ろうとした所を引き留める。
許可書を取り出してネイリスに見せた。
「『注意事項は教育係から受けるように』って……。
何に気を付ければ良いんですか?」
ネイリスが私から許可書を引っ手繰るとその文章に顔を近づけてみる。
「……えー、そうだ。
死神だって事を誰にも知られるな。簡単だろ」
ネイリスの眼が丸くなっているのを初めて見た。
……もしかして注意事項を知らないのではないだろうか。
私に目を合わせずに許可書を押し付けると狭い建物内なのに翼を広げて飛んで行ってしまった。
「……今の注意事項で大丈夫ですか?」
「自分の口からは何もお伝え出来ません」
近くの職員に何となく訪ねてみて驚いた。
この人、男だ。
天界の男の神々はおじいちゃんが多い。
その為、仕事場で若い男の人と会うことは滅多にない。
……まぁ会ったからどうなるというわけではないが。
「許可書の提示を」
「あ、は、はい!」
職員に許可書を渡すと急に火を点けて燃やしてしまった。
一瞬で塵となって消え去る。
「わはぁっなんでなんでですか!」
「次に入界する時は新たに申請書を提出してください」
職員がぶっきらぼうに答える。
フードで隠れている為、表情が読めないがきっと無表情だろう。
ネイリスといいこの職員といい、根っからの死神は不愛想のような気がする。
もう私の事なんで一切気に留めていない職員を尻目に扉を押し開けた。
「……わぁ」
中の様子を見て思わず声が漏れた。
何度も見た転生課の仕事場と同じ部屋だ。
暗闇の世界が永遠と続いている。
ただ一つだけ違う点が部屋の中央に置かれている椅子が一脚ということだ。
その椅子を見て、機械仕掛けの魔王が座っていた光景を思い出した。
この暗い世界は私になじみ過ぎる。
寂しい椅子に腰かけて辺りを見回す。
もう入って来た扉はどこにあるか分からない。
ティーポットとカップを取り出し、中に紅茶を注ぐ。
こうすれば何もかも元通りになった気がした。
静かな紅い液体に還る私の姿を見ていると急に視界が歪んだ。
一度目を瞑り、不安定な視界が整うのを待つ。
暫くして目を開けると、手に持っていたティーカップが消えている。
代わりに薄く光る光球が浮かんでおり、出口の扉が照らされていた。
まだ右手に熱いカップの感触を感じながら冷たいドアノブを回す。
扉を開けるとそこには先の見えない白い廊下が続いていた。
その左右には番号が彫刻された扉が無数に並んでいる。
もう不愛想な職員の姿もなかった。
……転生課の廊下。
帰って来たんだ、私は。




