第192話 「やるべきこと」
「リッカ」
グレンに呼ばれ、顔を見る。
「正直、ここにちゃんと来れただけでも混乱しているのに、君の話を聞いて増々訳が分からなくなったよ。
ただ、君が魔王を倒すか否か。
その決断を『別れたくないから』という理由で迷ってほしくないんだ。
始まりがあるのなら、終わりもある。
出会いがあるのなら、別れもある。
君も分かるだろう?」
「私は……決断をするのが怖いんです。
後で後悔するのが、怖い」
私自信、無知で馬鹿だと分かっている。
そのせいで、今も後悔しているんだ。
「リッカは自分が堕天しなかったらどうなっていたか知っているのかい?」
「そんなの……分からないですよ」
「そうだろう?
だから、今が『最善』なんだ。
僕は君と出会えてここまで来れた。
それに僕が持つ『力』だって、きっとその為にあるんだろう」
グレンの力強い瞳には、弱々しい私の姿が映っていた。
「君が魔王を倒すというのならば、僕も協力するよ」
「で、でも、『勇者』ですら魔王を倒せていないんですよ!
グレンさんがいくら強くても、協力して倒せるかどうか……」
「まだ『女神』であるリッカと、その人間になら可能性があります」
口を開いたベルタは、グレンの手にやさしく触れる。
すると、グレンの手が一瞬、驚いた様に跳ね上がった。
『真実』を見られているんだ。
「『勇者』や『剣聖』、そして私たち『死神』も『役割』に則った力しか持たないです。
でもグレンは、何の役割にも属さない純粋なユニークスキルを持っています。
スキル名『獣の如き戦車』。
手足を使って獣のように走ると……」
「……誰よりも早く、誰よりも頑丈になれる」
無意識のうちに、口から続きが漏れ出した。
ベルタが驚いた顔をする。
私はまだ薄れていない記憶を思い出していた。
「……ワンちゃん」
「なんだって?」
グレンは私が転生させたワンちゃんだったんだ。
こうして巡り合う事が出来るとは思わなかった。
ベルタが言った様に、この世界は私にとって都合が良い。良すぎる。
必然だったんだとしても、何とも幸運だ。
私は、自分の成すべきことを成すしかない。
「……グレンさん、魔王を倒すのを手伝ってくれませんか?」
「任せてくれ」
グレンが歯を見せながら頷く。
私はグレンに出会うことが出来て良かった。
ちらっとパームの様子を窺うと、何とも言えない顔で私を見ていた。
「な、なによ。
私なんかついていっても、魔王退治の役に立たないわ」
「そう、ですよね。
ここまで一緒に来てくれただけでも本当に……」
「で、でも!」
パームが顔を真っ赤にしながら私の言葉を遮る。
「アナタたち二人だけだったら色々と心配だからその……一緒に行ってやらないこともないわ」
「パームちゃん!」
「ちょっ、やめ、やめなさい!」
嬉しくてプイッとそっぽを向いた頭に手を伸ばし、わしゃわしゃする。
「頼もしい仲間ですね」
一頻りわしゃわしゃすると、悲しそうに微笑んでいるベルタに気が付いた。
「その……ベルタさんも一緒に来てくれますよね?」
立派な死神であるベルタも来てくれるのなら百人力だと考えたのだが、ベルタは首を横に振った。
「残念ながらそれは無理です。
魔王のユニークスキルによって、『死神』と『勇者』は魔王の前で意味を成しません」
魔王もユニークスキルを持っている。
つまりそれは、私たち女神が転生させたということだ。
「魔王は、どんな人なんですか?」
ベルタは目を瞑り、思い出しながら話し始めた。
「私はこの世界に産まれた勇者と共に、今まで3度、魔王と対峙しました」
目を開いたベルタは、どこか遠い所を見ていた。
「……あれは、『この世の者』ではありません」




