第153話 「存在しない道」
「おばあちゃん、お邪魔します。グレンです」
「お邪魔しまーす……」
扉を開けてツリーハウスの中へ入る。
返事はない。
扉を入ってすぐリビングルームだった。
大きな木の机があり、その上には精霊を模った置物がある。
正面奥には暖炉があり、私たちに背を向けて座る人影があった。
「グレンさん、おばあちゃん居ましたよ」
「あぁ……。
おばあちゃん、こんばんは……?」
反応はない。
暖炉の火に照らされて、おばあちゃんの影がユラユラと揺れる。
「おばあちゃん?」
グレンがおばあちゃんに近づき、肩に手を乗せた。
すると、白目を剥いた顔がカクッと私たちの方に傾いた。
声にならない悲鳴が出て、パームにしがみつく。
「ぎゃぁ」
「ぐれ、グレンさん、おばあちゃんシンデマス……」
「あーうん。
そろそろ生き返るんじゃないかなぁ。
おばあちゃん、みんな驚いてるよ」
そういいながらグレンがおばあちゃんをカクカクと揺らす。
すると、白目がクルンと元に戻った。
「ひゃぁ、孫が来るなんて久しぶりだから驚いて死んじゃったよ。
この年になると、なんでも心臓に負担だねぇ」
ふぇふぇふぇとおばあちゃんが笑った。
「家に誰か来ると、毎回こうやって驚かすんだ。
本当に勘弁して欲しいよね」
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おばあちゃんは、グレンの母方の祖母。
もう腰が曲がっているかなり高齢のおばあちゃんだ。
先ほどの一件が無ければ、見ているだけで和む雰囲気のある人だ。
「リッカさん、このお鍋を机に運んでくだされ。
パームさんは、食器をお願いします」
おばあちゃんと夕食の準備をする。
『座ってて』とは言われたが、おばあちゃんを一人で働かせるのは見てられなかった。
完成したのは、森の恵みを詰め込んだ特製シチューだ。
お肉と野菜がたっぷり入っている。
「いただきまーす」
小さく切られたお肉はとろける様で、野菜も舌で潰せるほど柔らかい。
「若いのにごめんねぇ。
年を取ると、こういった柔らかいモノしか食べられないんだよぉ」
「いやいや、とっても美味しいですよ!
初めての感触です!」
シチューのお代わりをよそっていると、パームが口を開く。
「一つ、はっきりしたことがあるわ。絶対、梯子以外の迂回路があったでしょ。
この人には、あの梯子は苦すぎるわ。上れるはずないもの」
私もそう思っていた。
空のお鍋を持つだけで手が震えていたのに、梯子なんて上れるはずがない。
「さぁ、どうでしたかねぇ」
「あ! これ迂回路が絶対あるやつ!
グレン、私に嘘を吐いたでしょ!」
「えぇっ、嘘なんて吐いてないさ。
迂回路はない。明日になれば分かるさ」
私は見てしまった。
おばあちゃんがパームに隠れてほくそ笑んでいる所を。
……これは明日も何かあるな。




