16話 二度あることは三度目が
俺は今天井を眺めている、知らない天井だ、引っ越したばかりのマンションの寝室でもないし、リビングも違ったはず……天井ばかり見ても判らないので目線を移す。
「知らない壁だな…」
少なくとも協会の仮眠室ではないし、一般の部屋にしか見えない、時々お泊りしている亜由美の部屋でもない、はて?記憶をたどってみると確か……
そこで、一気に眠気が飛んだ! 記憶の最後の部分に気が付いたのだ。たしか、食事をご馳走になりに来たのだった。
そして、その相手は……俺は自分の右腕に感じる柔らかく暖かい存在に気が付いた……と言うのは表現がおかしい。意識して気にしないように無かったことにしたかっただけだ。そう、現実に向き合っていなかったのだ。
現実に向き合う勇気を持つものこそ勇者の名にふさわしい。この言葉を残したのは誰だっただろうか?歴史上の人物か、はたまたどこかのアニメの勇者王あたりか、そんな事を考える状態ではないのに考える俺は勇者にはなれないなと思う。
しかし、このままでは不味いので、なけなしの勇気を奮って体にかかっているシーツを取る。右手に見えるのは栗毛の髪……不安が現実となる。俺の右腕に何も身に着けずに胸を押し付けてるのは、知ってる人物、昨日お邪魔して、夕食をご馳走してくれた娘。
白金美奈であった…
俺は取り乱しそうになるのを抑えて考える、実は酔いつぶれた俺を介抱して添い寝してくれてるだけかも知れないと、現実に向き合う勇気のない俺は考える。
そして、さらにシーツをめくっていくと、何か小さな染みのようなものが……これは…どうも、これは単なる添い寝では済んで無いようだ。腹をくくるしかないようだ。
そうしていると、栗毛の髪の持ち主が目覚めたらしく、小刻みに動いている。そうして頭が動いて、目が会った。
「……」
「おはよう」
「おはようございます…」
挨拶は大事だからね…最初はまだぼぅっとしてたけど、状況を認識したのか、顔が一気に紅葉した。
「あぅぅぅぅ……」
言葉にならなくなっている。
俺はそっと彼女の体を支え自分が起きると同時に起こしてやる。彼女は、顔を真っ赤にして下を向いてしまった、この辺はいつもの素の彼女だ。疑問に思うのは彼女が良くこんなことが出来たと思うことだ。
「ごめんなさい……」彼女が謝る。
「謝るのは俺の方かも知れないけど……」
ベッドの惨状を見ると、俺は始めての女に対しては、かなり酷いことをしたのでは無いかという事だ。
「痛くない?」
「最初は…すごく辛くて…でも正人さんと一緒になれると思ったら気にならなくなりました」
何か俺の方が悪い事をしたような気になったので治癒魔法をかけてあげる。だいぶん楽になったみたいだ。
とりあえず落ち着こうと言う事でシャワーを浴びて服を着て、現在はリビングでお茶をしているところだ。
「美月さんが一服盛ったのか…」
彼女ならやりかねんな、眠るだけでなくあちらの方も頑張っちゃう効能のある薬を盛るのは得意そうだ。
美奈は紅い顔をしながら少し不安げに俺の方を見る。きっと、彼女たちが居るのに関係を強要したからだろう。俺の中ではすでに決まっているのだが。
「あー取っ掛かりはともかく結果は、その、なんだ、してしまったからには俺も今更無かった事には出来ないし、する気も無い、彼女たちに相談はしなくてはならないけどな」
「…正人さん」
俺より美奈のほうがお姉さんなんだけど、変身していない素の容姿は亜由美と同じくらいに見える。そのせいか本当は「正人君」なのだろうが、いささか不自然になってしまうのはそのせいか。
(正人……)
早速というかはつゆきからパスで連絡がある、すでに事態は把握してるはずだ。
(亜由美も美奈も正人の大切な人、正人の大切な人は私も同じよ)
どうやら、はつゆきの方はOKのようだ。
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その後、彼女たちの間で話し合いが行われたらしく、付き合う日程とかが決まったらしい。なぜ、それで収まるのか不思議である。
そして今俺は、今回の仕掛け人と対峙している。
「美月さんの狙いは何ですか?」
「いやぁ、そこまで追求されるようなことじゃないよぅ」
そんな分けないだろう、追求しない方がおかしいよ!
「いつの間に俺の{彼女}になったんですか?」
「うーんとぼけちゃってぇ、そういうプレイが今日はしたいのねぇ」
追求してものらりくらりとしてつかみ所が無さすぎだ。この間の女子会では本来美奈だけが加わる話だけのはずだったのに、美月はちゃっかり自分も関係者であると主張して、ローテーションに加わっていた、亜由美や美奈が彼女と仲がいいのもあるのだろうか?
と言う事で今日は美月の番ということで、彼女の住処に来ているのだが、ほんとはあまり来たくは無かった。
でも「来ないなら来ちゃうよぉ」と言われたら。
彼女の能力の前に部屋に閉じこもっても無駄だとわかる以上、出向いた方がまだましであろう。
部屋に上がった時点で、詰んでいるようなものだが、あえて抵抗してみよう。今日は何もせずに帰るんだ。
着いて、早速…
「お帰りなさあぃ、お食事にしますぅ、それともお風呂~、もしかしてあ・た・しぃ?」
いきなりやりやがった…俺は速攻で「食事だな」と答える、お風呂なんかにしたら背中を流すとか何とかいって、なし崩しになりそうだ、もちろん一番最後のはスルーだ。
食事の方はおいしかった、というか彼女の女子力は相当なレベルだと見直した。単においしいだけでなく、盛り付けや料理自体に相当な工夫や努力が見られるのだ。
「おいしかった、ご馳走様」
「意外だったぁ?」
「かなりね」
「ひどいぃ、いいお嫁さんになるために日々努力してるんだよぅ」
ここで、誰の?と聞くことは単なる自爆攻撃になりそうなのでスルーしよう。
「もちろん、正人のお嫁さんになる為だよぅ」
自分から言いやがった。
食後のコーヒーを飲みながら俺はそろそろ帰ろうと思い立ち上がり声をかけようとした、急に視界が…歪む。なにが起きたのか判らないままに立つ事も出来ず尻餅をつく。目の前には最高の笑顔の美月
「いっつわぁい、なにゅが」
「やっぱり効くねえぇ、これはぁ」
そう言ってコーヒーカップを振る美月。
「なんでえい、おれだぇけがぅ」
「うーん、あたしはぁ役目柄状態異常に耐性があるんだねぇ、だから同じものを食べて飲んでもちがうのさぁ」
やられた!やはり一筋縄ではいかないようだ。
「知らない天井のしみを数えているうちにおわるからねぇ、リラックスしててねぇ」
やはり二度あることは三度あるようだ、そして…
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息が苦しい、暖かな海で俺は溺れている、水面に出ようにも出られない、いくらもがいても水面が見えない…そこで目が覚めた。
「ぷはぁ!死ぬかと思った」
俺は柔らかく暖かい物に顔を挟まれた状態で夢をみていたらしい。とりあえず離れようとして顔を動かすと。
「あんっ!」
艶かしい声が聞こえた、その聞き覚えのある声に俺は自分の状況を把握するのであった。
俺は最終兵器に挟まれていたのだ、これは…いいものだ。
「おはよう、いい夢みれたぁ?」
どうやら、先に起きていたらしい、最高の笑顔の美月がいた。やはり撃沈されてしまったようである。
「…やられた。」
「まんざらでもなかったくせにぃ」
そう言ってぐりぐりと最終兵器を押し付ける彼女。
今回の一連の流れは完全に美月の狙い通りだったようだ。まあ経験の浅い俺では歯が立つわけも無いのだが。
「そういうわけでよろしくねぇ正人」
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次回投稿は5月10日17時の予定です