第一話 はじまり
私が一般的にどこにでもいる『女性』かと言うと、それは過言である。
名は水無月霞、年齢22歳、独身、一人暮らし。
化粧を覚えてからはそれなりに顔立ちもよくなったが、すっぴんとなればそれなりに、いやかなりな地味顔であり、生まれてから今まで彼氏がいたことはない。
別にスタイルが良い訳でもないし、頭が良い訳でもないし、はっきり言ってしまえば『特徴がない女』である。
何故、こんな私が一般的な女性ではないかと言うと――――。
それは私の職業に関わってくるのだ。
「だからぁ! そんな動機が通じる訳ないでしょ! あんた、警察舐めてんの?」
「舐めてないです。あ、でも、刑事さんのお尻なら舐めたいかな。デュフフ」
「やかましいッ! この声豚が! いいからさっさと万引きした動機を話せっつの!」
東京都千代田区外神田警察署の刑事課前取調室内で怒号が響く。
私は、神田地内に所在する書店『まんじゅらけ1号店』で万引きを行った被疑者を現行犯逮捕し、そのまま警察署へ引致、彼を拘留するために必要な供述調書を作成中だった。
そう、私は警察官。
外神田警察署刑事第一課、盗犯係の新人刑事、水無月霞である。
階級は巡査・巡査長よりひとつ上の「巡査部長」。
警察は高卒と大卒で昇任できる年数が違い、高卒なら初めての昇任試験を受けられるまで4年、大卒なら2年かかってしまう。
――で、私は22歳。
つまり私は高卒であるが、4年に1回の昇任試験で一発昇進した、超優秀な新人刑事なのである。(嘘つきましたごめんなさい結構なれる人います)
「お姉さんさぁ。僕が好きなラノベのヒロイン『ミュルス』ちゃんにそっくりなんだよなぁ」
「お前もまたラノベか! もういいよラノベとかアニメとかそういうの! 外神田警察署に配属されてからはそればっかだよ!」
東京都千代田区外神田は、所謂「秋葉原」に属す地域である。
詳しく言えば秋葉原駅と末広町駅で管轄も別れたりするのだが、説明すると面倒くさいので割愛。
要するに『オタク』が多く存在する街だ。
「上司もアニメやら異世界転生やらそんな話ばっかりでさ……。もうなんなのよ! 熱く語られても知らないよ! ミュルスちゃんて誰だよ!!」
「ミュルスちゃんは異世界音楽協奏曲に出てくる、サブヒロインですぞ。まぁはっきり言えば容姿は悪いです。しかしこの作品はメインヒロインがそこまで魅力的ではないため、主人公を惑わす女性の一人としては描かれていますぞ。うくく」
「だから知らないってばよ!!」
「まあミュルスちゃんはホムンクルスですから、第4巻で死ぬんですけどね」
「聞きたくなかったよ!!!」
目の前のラノベバカの話を流しつつ、なんとか動機を聞くことには成功した。
断片的ではあるが、こいつは自分が万引きした理由をこう述べた。
『僕の好きなライトノベルの中で「シーフスティール」という魔法が出てくるんですよ。相手の持っている物をランダムに盗み取る魔法です。これを見て自分でも万引きができると思い、犯罪を犯したんです』
はっきり言ってバカとしか言いようがない。
どこの阿呆でも、さすがに本と現実の区別くらいつくだろうに。
はぁ、明日からまたこいつとマンツーマンの取調べをしないといけないと思うと、やりきれない気持ちになる。取り急ぎ私はこいつを留置係(警察署の牢屋担当の人)へ引き継いだ後、スーツを羽織って警察署を後にした。
◇◇◇
……あいつ、本のタイトル、なんて言ってたっけ。
と、神田地内の本屋『まんじゅらけ3号店』でライトノベルコーナーを歩き回る私。
決してあいつが好きと言っていた異世界音楽協奏曲のミュルスちゃんを見に来たのではなく、万引きした動機に繋がる『シーフスティール』という魔法が出てくる本を探しに来たのだ。
刑事の仕事は犯人を捕まえて終わりではない。
六何の原則ではないが、犯人が何時、何処で、誰と、何を、何故に、如何にして盗んだかを明らかにし、裁判で不当な罪を与えぬよう全てを明確にしなければならない。
この段階で言えばこれは『何故に』に該当する。つまりは犯人の動機の証明だ。
「シーフスティールとかありきたりな技っぽいしなぁ。確かあいつ、本の名前言ってたと思うんだけど……」
数本のライトノベルを手に取りつつパラパラと眺める。
一応、昇任試験のために辞書や警察の教科書を読破した甲斐もあり、常人よりは速読が得意な自信はあったが……。流石に「シーフスティール」などという単語が文中に出てくるかどうかを、瞬時には判断できなかった。
「ま、いきなり手に取った本がビンゴする訳はないよね」と呟き、私は本を棚へ戻した。
少し周りを見渡す。
気付けば、私以外の客は一人もいなかった。
「あれ……。店員さんもいない? なんでだろ、万引きされたらどうするのかなぁ」
と、ポツリ独り言を述べた私だが、すぐにハッと気付く。
――――何かおかしい。
刑事の勘ではないが、普通に考えておかしいのだ。
今は土曜日の昼間。オタクが多いこの街で、でかでかと存在するライトノベルコーナーにも、18禁の書籍コーナーにも、レジにも『誰も人がいない』。
もしかすると外で大掛かりな事件でも起きているのではないか!?
はたまた、この書店が火事になっているとか!?
などと連想した私だったが、考え込む暇もなく、目の前で不思議なことが起こった。
「なに、この本……。光ってる……?」
ライトノベルコーナーの中で一際輝く本があった。
なんと言えばいいんだろう。緑色で神々しい輝きって言えば良いのかな。
溢れだす光は留まることを知らず、周囲一面を緑色に染めた。
刑事として私が疑うべきことは、ただ一つだった。
「ま、まさかこの本、爆弾っ!?」
今にも爆発するということから光を放っているかもしれない! 大変!!
気付けば私はその本を手に取り中身を確認していた。すると――――。
…………すいません。正直ここから先は覚えてません。
その緑色に光る本を開いたところまでは覚えてるんだけど……。
「グゥゥウ?」
気付けば私は森の中に居て、目の前には紫色の魔物がいたんです。