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9月11日 日曜日

 9月11日 日曜日


「ええ! 向こうのお偉いさんに会ったのか?」

「はい。昨日あれから来ましたよ。ほら」

 フルーツのカゴを指でさす。メロンが入っているだけで橋本さんは納得した。安月給では買えない。

「で、ちゃんと謝ったんだろうな」

「ええ、向こうが。君には負けたよとか言ってましたからね」

「ええ――?」

 本当はすごい奴なのかってな顔で橋本さんは僕を見ていた。

 やっぱり百歩譲っても僕が日向に謝る筋合いはない。お礼は言わないといけないかも知れないが。

 

 汗をかいてそのまま脱がされていたジーパンの臭いを嗅いでから着替え、周りの物を紙袋へと詰める。

「橋本さん。このフルーツ貰って下さいよ。今日のお礼として」

「うん。そう言うと思ってた」

 ズッコけそうになる。

 

 荷物も持ってくれて病室を後にした。

「お会計は」

「それも向こう持ちです」

「おまえ、夜中にこっそり忍び込んで、何か裏事情でも掴んだんだな?」

 裏事情?

 今回の事件がそういう扱いになるのかどうかは分からない。 

「そうなんです。あそこはブラック企業ですよ。夜に偉い人がサービス残業してました」

「管理職ならいいんじゃないの? それにサービス残業かどうかも怪しいしな」

 ハハハとそこは冗談で通じた。

 真っ赤のスポーツカーの助手席に乗せられ、安アパートへと向かってくれる。

「それで、彼女は来たのか?」

「え、ええ、まあ」

 ちょっと返事を濁す。

「何かあったか?」

「――いえ特に何も」

 言えなかった。

「そうか。それならいいけどな」

 橋本さんもそれ以上は問い詰めてこなかった。


「ありがとうございました」

 アパートの入り口で礼を言った。

「いいって。それよりあんま無茶な事するなよ」

「はい。お疲れ様でした」

「お疲れさん」

 ブオンと低くエンジン音を立てて走り去っていった。


 アパートの2階の薄い扉を開いた。

 金曜日に着たスーツが脱いだままになっている。

 この一週間はなんて色々な事があったのか。体の痛みと感情の揺れ動き。

 ポッカリと空いてしまった心の穴。


 何度掛けても繋がらない電話。

 繋がらなかった心。

 もうどうにもならない絶望感。

 楽しかった日々。

 死なずに助かった事。


 一人になって思い出すと視界がぼやけてくる。

 ふいに中学の時に合唱コンクールで歌わされた歌を思い出し口ずさんだ。


 ――心と心が

  今はもう通わない


 あの素晴しい愛をもう一度

  あの素晴しい愛をもう一度――


 あの頃、歌詞の意味なんて大して分かっていなかった。

 初めから繋がっていない心なんて、切れてしまってもどうって事はない。

 一度強く繋がってしまったから、それが切れた時、どうする事も出来ない絶望感に陥るのだ。

 恵がどうしたいでは無かった。僕がどうしたいかだった。

 強がっていたがその事に気が付くと、何も変えられなかった自分が悔しくて悔しくて――。

 目を閉じると熱い水滴が頬を伝い、止めようにも止まらない。

 

 恵に会いたい――。

 恵が別れのデーターを取り終わったとしても、僕は会いたい。

 

 例え心が繋がる事がないとしても、せめてもう一度だけ会いたかった


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