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9月5日 月曜日

 9月5日 月曜日


 今週の仕事はおかしなシフトになった。

 機械のトラブルで月火水は7時出勤。木金は15時出勤になった。

 入社して初めての事だ。

「トラブルで機械が動かないのなら、月曜から水曜までは休みにしてくれてもいいんじゃないですかねえ」

 ホワイトボードに書かれた出勤予定表をみて橋本さんに溢す。

「今の内に業績評価とか溜まった仕事を終わらせろって事じゃないの。それよりも!」

 橋本さんが鋭い視線を向ける。何の事かととぼけて視線を逸らすのだが、

「何かあっただろ」

 まるで知っているかの様にそう聞いてくる。

 ――何で分かるんだこの人は。

 実は恵の知り合いで、後ろで全部筒抜けになっているのではないかと恐怖する。

「お前の性格上、浮かれて『やりましたよ橋本さん』ってくるか、沈没船の様に暗く出勤するかのどっちかだと思っていたが、なんか意外な雰囲気を出しているからなあ」

 休憩室の椅子にコーヒーの湯気が二つ上る。

 話そうかどうか悩んでいたのだが、恵と付き合う為に色々尽力してくれたアドバイザーに黙秘を続けるのは心苦しいと思い、……話した。


 恵が自分をロボットと言った事。

 家でもパソコンで仕事をしている事。

 可愛いと思った仕草や態度が自分で作り上げたプログラムに従ってやっていると言った事。


「そして何より気になったのが、入社を決めたっていう上司の事なんです。恵はその男に騙されているんだ、きっと」

 今までになく熱く語る僕を橋本さんは驚きの表情で見ていた。

「お前、変ったなあ。昔はプログラムで動いているロボットかと思っていたのに」

 僕は大きくズッコケる。

「ええ? 僕がですか?」

「うん。だって単純だもん」

 さらりとそう言いコーヒーをすする。全く予想していないアドバイスだ! ……アドバイスか?

「仕事やっていても楽しいのか楽しくないのか態度に出さないし、服装だってジーパンにシャツで決めたらそればっかりだし。今までの柳だったら似た者同士でお似合いだったぞ」

 思わずお腹に電池ボックスが付いていないか確認したい衝動にかられた。

「でも、最近のお前はやっぱり変わった。彼女が出来てからだ。自分の我ってやつが強くなった気がする」

 ――!

 何も言い返せない。

 それは良い事なんだろうか、――いや悪い事だろう。

「彼女の事が可愛くて好きだ。それは分かる。だがその先、可愛いだけで好きなんて感情は長続きしない。俺の彼女が自虐ネタでよく言うんだが、美人は3日で飽きる。ブスは3日で慣れるそうだ」

「そんなことわざ初めて聞きましたよ」

「お前、彼女のどこが好きなの? って聞かれて即答できるか」

 もちろん。

「出来ます。可愛いところです」

 橋本さんが今度はズッコケた。

「美人と可愛いは同じだろ! お前、三日で飽きたって言ってるようなもんだぞ」

「いいえ、断じて美人と可愛いは違います! 美人はお姉さん。可愛いは妹です」

 その時、休憩室の外から怒号が聞こえた。

「こら――! 何時まで休憩してるつもりだ! とっくに7時をまわってるぞ!」

「やべっ」

 長話し過ぎていた。

 橋本さんと僕は飲みかけのコーヒーを流しに捨てて急いで休憩室を飛び出した。


 僕も昔はロボットだった……?  

 美人だから3日で飽きた……?

 美人と可愛いは同じ……?


 橋本さんが言うことに納得できずにいた。でも否定する所も見出せない。

 仕事中もその事ばかり考えていると、昔の様に小さなミスを数回してしまった。

「柳! 今日はたるんどるぞ!」

「すみません」

 帰る頃には身も心もクタクタになっていた。

 一体何をやっているんだか。自分で自分が嫌になる。


「水曜日にでも飲みに行こうぜ。久しぶりに」

 橋本さんが帰りに誘ってくれた。

 僕の背中から落ち込んでるオーラが出ていたのかも知れない。

「いいですねえ。次の日は確か15時出勤だから飲み過ぎても大丈夫ですし」

 色々話もある。特に美人と可愛いの決着はまだ付いてない。

「ああ。彼女も誘えよ」

「え――?」

 紹介しないといけない?

「もう付き合って2週間も経つんだろ。そろそろお披露目してくれてもいいじゃないか」

「彼女の都合もありますし」

 あまり誘いたくないのが伝わって欲しかったのだが、橋本さんは譲らない。

「じゃあ電話してみたら」

 時計をみる。まだ15時過ぎだから仕事中だ。 

「なら17時過ぎに電話してメールくれ。絶対に誘えよ」

 言い残して帰ってしまった――。


 彼女を取られるかも知れないという不安は無かった。

 ただ何となく――、

 彼女を呼んで橋本さんと飲むのが怖いと感じていた。


 トゥルルル…。トゥルルル…。


『はい、仲橋です』

 スマホだから僕から掛かっているのは分かっている筈だが、いつも名前を言って電話に出る。

「あ、僕だけど、いま大丈夫?」

『うん。大丈夫』

 どう切りだそうか迷うのだが、仕事中だろうから出来るだけ簡潔に聞かないと悪いと思った。

「水曜日に橋本さんと飲みに行く約束をしたんだけど、橋本さんが出来れば恵もって言うんだ……仕事忙しいよねえ」

『……ううん。その日は大丈夫。行けるよ』

「えっ本当に?」

 無理していないだろうか。昨日も夜遅くまで仕事をしていた筈だ。

『うん。橋本さんとなら一緒に飲んで話ししてみたい』

「わかった。じゃあまた場所と時間は明日連絡するけど、どこか行きたい店とかある?」

『ううん。橋本さんと決めてくれたらいいよ』

 恵も必要な事だけを簡潔に言う。他の社員がまだ居るんだろう。

「わかった。仕事あんまり無理しないようにね」

『うん。ありがとう』

「じゃあ」

『じゃあ』

 そっと通話を切った。

 一体何を話せばいいのだろうかと考えてしまう。

 

 先週の僕は有頂天だったのを思い出す。

 この胸の違和感は一体何だ。

 何も変わっていないのに。


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