0.プロローグ
※作者の息抜き習作、不定期更新です。
愛しい子よ、お前は何を望む?
「生きたい…」
幾度生まれ変わろうとも、短き命やも知れぬぞ?
それでも、生を望むのか?
「うん。それでも、生きたい…」
……そうか。
では、新しい生へと往くがいい。
いつの日か、お前が還ってくることを願っている。
我が元へ還ってきたその時が、忌々しき呪縛より解き放つ楔となる。
それが、彼女が遺した願いの魔法。
「必ず、還るから…。父様…」
ああ、待っているよ。
愛しき我が子よ、いつまでも待っているよ。
父と呼ばれた男は、我が子の魂が輪廻の輪へと進むのを見送る。いつ、どこの世界に転生するとも知れない我が子が、次の世界で少しでも長く生を送れるように、父親は自分の魔力を我が子の魂へと注ぎながら。
生と輪廻の輪の狭間、そこは新しく生まれた時には忘れてしまう過去を思い出せる場所、ここでなら魂だけの姿でも共に在ることができる、と引き留めたい気持ちを堪えていた。
子供の魂は、子の父親を怨み憎んだ者に呪われていた。
掛けられた呪いは、まだ母親の胎内にいる胎児を殺し、魂すらも消滅させるものであった。父親は必死に呪いを解こうとしたが、彼の知る魔法ではどうにもならなかった。身籠っていた母親は、最後の手段として、自らの生命を賭した解呪の魔法を使った。だが、怨念の凝り固まった呪いを完全に解くことはできなかった。
魂の消滅は何とか逃れられたが、未熟児で産み落とされた子は、僅かな年数しか生きることはできないと解っている。幾百、幾千回の輪廻の輪を廻っても、短い生を繰り返すしかない我が子に、母親は願いの魔法を使った。願いの魔法の代償が、母親の輪廻の輪を閉ざすことだとしても、躊躇うことはなかった。
数多ある世界のひとつ、両親のいる世界に還る確率は、天文学的に低い。それでも、0ではないのなら、と万に一つの可能性にかけて。
いつか、我が子がこの世界に還ってきた時、その短き生の輪廻が終わることを…。
ひとりの子供の生が終わろうとしていた。
総合医療センターの集中治療室、心音を電子音が弱まっていく。ベッドに横たわる少年の両親が、彼の細い手を握っている。
ピッ……ピッ…ピッ……ピッ……
ピーーーーー…
「っ!!悠ちゃん!ゆ…ぅちゃん…っ!」
「悠里…っ!」
先天性の心臓病を患っていた少年は、15歳の若さで今生に別れを告げた。覚悟をしていたとはいえ、少年の両親が静かに嗚咽をもらす。
病院のベッドに居ることが大半であったが、好奇心旺盛な、よく笑う少年だった。
再び、子供は輪廻の輪へと向かっていく。
今の両親に産み、育ててくれた感謝を遺して。
いつの時も待っていてくれる父を目指して。